第三話 ばばあ
その『ばばあ』と『みいちゃん』は、上映の一瞬前に私の左隣りの席にやって来た。
ガサガサと紙袋の音を派手にたてながら
「ああ、ここ!ここ!」
と、大声で座席番号を確認しにぎやかに座った。
ほどなく、バリバリ、ポリポリとポップコーンをみいちゃんがむさぼる音が聞こえてきた。
「みいちゃん、見えるか。子ども用のクッションもろてきたろか。」
でっかい声のばばあ。
まあ、孫を思うばばあ心と思いがまんする。
「みいちゃん、のどかわけへん?ジュースいらんか。」
うるさい!もっと小さい声で喋れ。
私の心の声が届いたか、しばらくは黙っていたばばあが、突然
「あーしんど。ばあちゃん、しんどいわ。いつ終わるんかなあ。」
と、デッカイ声で溜息交じりに「あーしんど。」をくり返す。
めちゃめちゃ気ぃ悪い。
「うるさい!」って怒鳴ったろか。
いやいや、そうすると私が非常識な人になってしまう。
小声で注意をしようか。と思っていたら
「みいちゃん、ばあちゃん、しんどいからコーヒー買うてくるわ。」
「待っててな。すぐやから、じっとここにおってや。」
ガサガサバタン、ゴソゴソと音を立ててばばあは立ち上がったらしい。
「よいしょっ」
とかけ声と共に階段を降り始めた。
すると、振り返り、大声で
「みいちゃん、あんたジュースいるか。」
と叫ぶ。
ああ、ホンマになんとかしてくれ、このばばあ。
もう、戻ってくんなっ!!
残念ながら「よいしょっ!よっこらせ」のかけ声と共にばばあは戻ってきた。
そして
「みいちゃん、あんたおしっこしたないか。」
さらに
「ポッピコーンそこに置いてたら、ひっくり返すで。こっちにかし。」
いや、ポッピコーンじゃなくてポップコーンやし・・・。
ポコン!ポップコーンのカップがひっくり返る音と同時に
「あー、こっち置いたらひっくり返るわ。」
「みいちゃん、やっぱりそっちに置いといて。」
コーヒーを入手し、ポップコーンをひっくり返し、することがなくなったのか、やっと大人しくなったばばあ。
これで映画に集中できる。
動物の成長記録のドキュメンタリー映画である。
ばばあの騒音の間に、動物は、ずい分成長してしまったではないか。
ムカつく。
まあ、成長したといっても動物のしぐさは可愛い。
「ああ、可愛いなあ。かえるものならかいたいなあ。なあ、みいちゃん。」
ばばあの「かいたい」は「飼いたい」ではなく「買いたい」であろう等々と考え、ちっとも映画に集中できない。
「ここはお前の居間ちゃうわっ!」と怒鳴りたい。
文句を言いたい。
腹立つ。
ムカムカとイラついているうちに、エンディングロールになってしまった。
「ああ、やっと終わった。さっ帰ろ。みいちゃん、帰るで。」
やっと、本当に、やっと静かに、平安な心で、私は、しみじみとエンディングロールに見入った。
場内が明るくなり、席を立った私は、ばばあが立ち去った席に劇場の貸し出し用膝掛けが丸まっているのと、椅子の下に紙コップとポップコーンが散乱しているのを見た。