永遠のゆく先へ #2「見方を変えて」

「私は多分、この星の者ではありません」

夜の森の中に、静寂が流れた。

「帰らなきゃ……私の星に、帰らなきゃ!」
今しがた空から降ってきたと思しき少女は、焦燥に駆られた様子で叫んだ。

「ど、どうしたの……?」マリはしゃがんだまま、少女を抱えていた。

「エレメント……そうだ……エレメントが!」少女はそう言って、我を忘れたように起き上がろうとする。しかしその動きはぎこちなく、どこか傷んでいるのか、あるいはしばらく寝たきりだったかのように見えた。

「よ、よくわからないけど、安静に……してたほうが……」
マリはそう呟いて、彼女の手に触れる。

すると、その部分から、まばゆい光が当たりに放たれた。

「おい、何が起きてるんだ?」

風を感じる。台風よりも強く、ジェット機よりもうるさい風を。目を瞑っていても尚眩しい光。直後、マリは皮膚とその内側とが裏返るような感覚を覚えた。不安と同時に、少しの高揚感があった。


気づくとマリは、自分が先程までいた場所とは、全く違うところにいるのに気づいた。地面は赤茶けた、ごつごつとした岩や石で覆われていて、そんな光景が四方八方、どこまでも続いている。人工物の気配は一切感じられない。

「ここは……砂漠か?」フードの子はそうつぶやいた。

「砂漠……?」
そこは、マリがイメージする砂漠とは、ずいぶん違っていた。砂漠というと、砂で覆われていて、たまに商人がラクダに乗っている場所、という感じだった。

「砂漠って言っても岩石砂漠だ。砂漠って砂のイメージが強いけど、砂漠のほとんどはこういう岩石が中心の砂漠なんだよ」

フードの子が解説する。そういえば、授業で言ってたような気がするな。マリは教養の高そうな彼女に少し憧れた。

「しかし、なんでいきなりこんなところに……」

そこに、起き上がった空からの少女がやってきた。

「すみません、これは多分……力が暴走してしまって……」
「力?」フードの子が聞き返す。
「そうです、思い出したんです。私には、時空を移動する力があるって……」

静寂が流れた。

「え? もう一回いい?」
「えっと……時空を移動する力が、私にはあって……」
「んん……時空を移動するって言った?」
しつこく問い直す、フードの子。
「はい、そう言いました」
「時空って、時間と空間のあの時空?」
「そうですけど……」
「それを、自在に移動できるって?」
「はい……」

はぁ……と大きなため息をついて、フードの子はうなだれる。
「珍しい星を見つけたと思ったら、これだ。全部夢だったなんてな……」

「夢じゃないですよ!」
空からの少女は語気強めに言ったが、フードの子は聞かない。
「夢に出てくる人は、皆そう言うよ。……百歩譲って、仮にだ。もし夢じゃないのだとしたら」彼女は続ける。
「SFは楽しむ分にはいいけど、現実と区別がつかなくなったら離れるべきという合図だぞ。あれは演出のために、正確さを犠牲にして、派手にしたりしている。要は嘘をついているんだ。もちろん、全部の嘘が悪いわけじゃない。でも……」

その時、空からの少女の前の空間に、小さな地図のようなものがホログラムのように浮かび上がった。

「それは……?」マリが尋ねる。
「これはきっと、エレメントの場所です」
エレメント。そういえば、さっきもエレメントがどうだと言っていた。
「私が、集めなければならないものです。それが何なのか、なぜ集めなければいけないかは、思い出せませんが」
「肝心な部分の設定が適当じゃないか。ああああ、これ、全部私の脳内で考えてるってことだろ。なんでこうなっちゃったかな……」
すっかり夢の中だと思い込んでいるフードの子は、しゃがんで落ち込んだ。
「時空を移動できるってんなら、さっさと元の場所に帰してくれよ」
「それが……もう力が残ってないみたいで。エレメントが見つかれば、また使えるようになる気がするんですが……」

フードの子は再び深い溜め息をついた。
「わかったよ」「夢なら夢として、やることやるよ」
彼女はそう言って立ち上がり、2人の方を見た。
「すみません、付き合わせてしまって」
空からの少女は申し訳なさそうにマリを見る。
「……いや、大丈夫」


「暑い……」
地図と格闘している空からの少女に先導され、かれこれ30分くらいは歩いた。だが一向に「エレメント」なるものにたどり着く気配がない。立体地図は辺りの地形を映し出しているように見えるが、よく見ると全然合っていない。加えてここは砂漠だから、日本の真冬から飛ばされてきたマリたちにとっては灼熱のような暑さなのだ。

「でも、意外と耐えれるレベルだな。乾燥してる分、日本の夏よりはいくらかマシなような気もする」
「……そんな……ことも……ないかも……」
だが、筋金入りのインドア派のマリにとっては、30℃も40℃も同じ暑いに変わりなかった。加えて、足場が岩だらけで、少し進むだけでも疲労が溜まっていく。マリの顔色はみるみる悪くなった。

最も耐え難いのは、風景がまるで変化しないことだった。不親切な地図は、エレメントが海の中にあることを示唆していた。だが、辺りに水の気配などない。マリとフードの子は通学カバンを提げ、折りたたんで抱えたコートを恨めしそうに見ながら、大粒の汗をかいていた。空からの子は、汗をかいていないように見えた。

「おい……」
フードの子──いや、もうフードは脱いでいて、メガネを掛けて髪をおさげにしているのが見えるのだが──が立ち止まる。
「もう、だめだ。限界だ。暑いし、疲れたし、喉乾いたし、もう無理だ。さっさと目を覚まして、宿題を終わらせたい」
空からの少女は、困ったような顔をしていたが、理解も示した。
「そうですよね、こんなに歩いたら……」
少し休みましょう、と少女。マリは何も言わなかったが、かなりグロッキーになっていた。


気がつくと、空は暗くなり始めていた。いつのまにか気温も少し落ち着き、やがて、空には星が見え始めた。

月明かりに照らされて見えたメガネの子の顔は、いくぶん明るかった。
「正直、まだ信じてない。でも、この星が見られるんだったら、まあ、悪くないような気もする」
「……星が好きなんですね」空からの少女が言った。
「もう何年も空を見てるけど、初めて見る星空だ。日本からじゃ見えない星座が、いっぱいある」
メガネの子はあちらこちらを指さして、言った。「ほら! あれは、くじゃく座。あっちが、はちぶんぎ座。それで、あれは確か……テーブルさん座」
「……テーブルさん!?」
マリは、テーブルの上におじさんの頭がついていて、「やあ」と喋りだす様子を想像してしまい、少し吹き出した。テーブルに山と書くらしい。
「いつか、歴史に残る大発見をしたいんだ」
それを聞いて、マリは言った。「あのね……」

「私、さっきまで歩いてたとき、地面ばっかり見て、なんにも変わらない景色を見て、ああ、私の人生はこうやって、同じような日々を延々と繰り返していくのかなって思ってた。でも、空を見れば、星がある。見るところが違ったんだ。見る方向次第で、まだこの世は捨てたもんじゃないなって、思えるかも」

静かにマリを見るメガネの子。
「……いいこと言うじゃん」彼女はそう言って笑った。
「でもさ、一つだけ違うことがある。地面はつまらないわけじゃない。いろんな種類の岩が転がってるだろ? 一つとして同じ形のものはない。そういう見方をすれば、面白いだろ?」
彼女は石を一つ拾って眺める。流石にそれはちょっとマニアックだったが、マリの心にはどこか響くものがあった。彼女はマリに、その石を手渡す。プレゼントなんて、家族以外からはほとんどもらったこともなかった。マリはそれをポケットにそっとしまった。

「見方を……変える?」
空からの少女は、その言葉を復唱しながら、立体地図を眺める。
「そうか!」彼女は何かに気づいたようにその場をくるくると回って、やがて言った。
「この地図! 見方が逆だったんですよ!」

空からの少女に連れられ、マリは照れくさそうに彼女の正面に立った。
「……なるほど」見ると、確かにマリの側からは、周囲の景色が地図に一致している、ように見える。
「そんな簡単なことだったのかよ!」メガネの子が言った。
「しかも、もう海はすぐそこみたいです!」
空からの少女が言ったとき、マリは顔に水が当たるのを感じた。

雨だ。雨は少しずつ強くなっていって、やがて、どしゃぶりになる。バケツどころかプールをひっくり返したような水が、マリたちを襲う。
「まずい。砂漠の雨は危険なんだ。水はけがものすごく悪いから、すぐに洪水になる。砂漠での最大の死因は、脱水じゃなくて溺死なんて話もあるくらいなんだぞ!」
もたもたしているうちに、足元に水が流れてきた。このままだと流されてしまうのではないかという心配がマリをよぎった。
「逆に考えれば、この水の方向に海があるとも言えるが……」とメガネの子。
「急いでそっちに向かって、エレメントを回収しましょう!」
空からの少女は走り出した。2人もそれに続いた。

途中、何度も足音をすくわれそうになったが、3人は無事海岸にたどり着いた。少し海岸沿いを進むと、大きな岩のそばに、赤く光る何かがあった。
「あれが、エレメント……」
空からの少女は、それに近づいていって、しゃがみ、胸元のペンダントをかざす。彼女が目を閉じると、その光はペンダントに吸い込まれていって、体は虹色に光る。永遠に続くかのような、幻想的な雰囲気をまとっていた。

「ありがとうございます。エレメント、無事ゲットできました」
立ち上がり、マリたちの方を見て言う。
「私たちの服は無事じゃないんだが……」
マリとメガネの子は、互いのびしょ濡れの服を見あう。空からの少女が着ていたドレスのような服は、水をはじくのか、まったく濡れているように見えなかった。
「というか、このままだと洪水か高潮に巻き込まれるぞ。さっさと帰らないと……」
メガネの子が指摘する。実際水の流れは激しくなる一方だった。

「そうですね。では……」
空からの少女は、再び目を閉じ、祈るようなしぐさをした。すると、彼女の体がまた虹色に光りだす。強い風を感じた。この大嵐をさらに増幅したような、体が吹き飛ばされそうなほどの風を。マリはまた、体が裏返るように感じた。全身が、空間上の小さな一点に押し縮められていくような感覚。

気が付くと、マリは最初の公園に横たわっていた。
「あれ……?」
他の2人は、いなかった。時計を見ると、最初にここに来た時と同じくらいの時刻だった。
「夢だった……のかな?」
しかし、マリの制服は、着衣水泳でもしたかのようにびしょ濡れだった。夜風が吹き、今が12月であることを思い出して、急な寒気に襲われた。近くに池があるのが見えた。きっと、不注意でそこに落ちてしまったんだ。勝手に結論づけて、持っていたコートを羽織り、そのまま家路についた。

ポケットに赤茶けた石が入っていることにマリが気づいたのは、その数日後のことだった。

(続く)


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