大田ステファニー歓人の「みどりいせき」が痛快だった
完成度が高い優等生候補作がそろう中で、いちばん読みづらいし、おそらく作者も文学の講義をずっと受けてきたような経歴じゃない。
これが新しい文学の1ページになるのか、ならんのか。
読んだ人同士で
「俺は良かった!いや俺無理!読めん!いや私はわかる!」とか語るのも含めておもしろそう。すばる文学賞受賞作の「みどりいせき」。
単行本になったらどうなるのかなあ。選考員が口をそろえて「序盤は読みづらかったが…」って言ってたから信じて読んだけど、最初だけぺらっと立ち読みして終わる人もぶっちゃけ多そう、読んだら言語感覚が変わっちゃって前の自分とは違う自分になる経験ができる。
話は、野球をあきらめた高校生がドラッグ売買に手を出して仲間が増えたり幻覚を観たりする話。
彼らが何を話しているのか、登場人物の把握もできないまま、全く説明ないまま進む。あだ名で呼び合うから人の性別がわからない、食べてるものが何なのか、SNSでどういう操作をしたのか、読者にさりげなく説明したりしない。
「インスタのストーリーが死んでる」ことが何を意味するのかわかんない!「すんなし」「エモい」とか、もう古くなりつつあるぞ!とか気になるけど、読者のほうを向いておもてなしてくれない。ユーチューバーの内輪受けの会話を聞いてるような感覚。
読むと逆に、他の小説のウソに気づく。ミステリーで「智子さんと鬼塚警部」とか、名前で役割がイメージできたりするけど、そういう小説を書くときの基本技術みたいなのは無視している。
会話が癖になる。教科書に載ってるような正しい文章なんか使わない。
初めて会う人とスマホ越しであいさつするときとか、ガチャガチャした噛み合わないやり取りが続く。
「カメラへ会釈をすると『いや、ペコリ、じゃなくて、誰よ、君』と返ってきた。」
その場面の絵と、セリフを読むんじゃなくて音になおすと、すごくリアルなやりとりをそのまんま文字にしてるのが分かってくる。
「視界がエグめのフェードのバズカットで…」とか意味がわからないけど、わかってもわからなくても話がすすむ。子供がゲームの話をしているときの、専門用語でばーっとしゃべってるのを聞いたときに近い。
最初はきついけど、何だこいつらと思ってた奴らが、今しかできない濃密な経験をしているのがわかり、ちょっとだけ羨ましくなる。
なんかのメタファーだとか伏線がつながってオチがどうこうって、小説みたいなことは起きずに、ドラッグにかかわった人たちの話をずっと聞いて、人生はまだ続いていきそうなのに「了」ってぶちっと終わる。爽快だった。
評価されてからの作者。