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アラフォーOLがアラフォーOLではなくなった話😁

皆さま、おはこんばんちわ😁
南野紀美です。

ずいぶんとお久しぶりになってしまいました。
テキストでは去年の夏ぶり。
つぶやきでは去年の秋ぶり。
その間、実は大きな転換点がありまして……。
ワタクシ、アラフォーOLを卒業致しました~\(^∇^)/

46歳になったのを機にアラフォーの呼称を諦めてアラフィフと名乗ることに決めたというわけではなく、OLの方を卒業……つまり、会社を辞めたのです。
一時はこれをリアルタイムにnoteでレポートしようと思ったこともありましたが、結局自分には『リアルタイムレポート』自体が向いていないように思ったので見送って、落ち着いて書こうと思って……、思っただけで今日に至る、という。

このたび、note投稿コンテスト「#我慢に代わる私の選択肢」が行われることを知って、ひとつ乗っかってみようと思った次第です。
っていうか締め切り今日ですが!
今日ですが!


新卒から勤め続けて、気がつけば25年。
もうずいぶんと長いこと……たぶんここ10年くらいずっとこのことについて悩んできたのですが、いろいろな不安が先にたって一歩を踏み出せずにいました。
経済的に不安だし、再就職も不安だし。
家族のこともゴタゴタしているし。
愛犬も養わないといけないし。

ところが2016年8月に愛犬がお星さまになり。
2018年6月の大阪北部地震&9月の台風で両親と住んでいた家が立ち退きに遭い。
すったもんだの末、2019年1月からひとり暮らしを始めることになりました。

この時、実はひとり暮らしをするという選択肢は私の中にありませんでした。
兄は遠方で所帯を持っているので、私が両親と同居しなければならないという思いに強く囚われていたのです。

とあるワークショップに向かう道すがら友人といろいろと話をしているとき「じゃあ、ひとり暮らしもできるやんか~」と友人が言ってくれたことで、初めてその道が私の前に現れました。

細かい言葉づかいは忘れてしまったのですが、友人にとってはごく自然なこととして出てきたそれは、私にとっては本当に本当に『なかった』もので、目の前の霧が晴れて見えるようになったというより、突然、外の世界から音を立てて道路が接続されたような感覚で。
衝撃をもって、でも、抵抗なく自分にくっついたような不思議な感覚でした。


両親がらみのあれやこれやの『我慢』から解放されたことで、私が着込んでいた『こうあらねばならないという鎧』は徐々にその姿を変えていくようになりました。
ドラクエの主人公が『ぬののふく』から順に装備をグレードアップしていく、その逆の現象が起きたのです。
……というより、固いばかりだった装備が防御力をそう落とすことなく、しなやかさを増していったのかも知れません。
それとも両方?
いろいろなバランスをとりながら、変化していく自分のための服を誂え始めたのかも。

重たくて固い鎧でガッチガチに固めていたところから、まず兜の形をちょっと変えてみたり。
防御力を落とさないように工夫しながら、関節を鎖帷子にしたり胴の素材を軽量化してみたり。

肩こりがきっかけで学び始めて十数年来のアレクサンダー・テクニークとその学校のコミュニティ、そのご縁で出会ったNVCの学びは、かくれブラック企業での残業三昧の日々や、愛犬を亡くしたとき、その後発覚したかくれペットロスと向き合うこと、ひとり暮らしの選択に至るまでにもその後にも、私の大きなサポートでした。
もちろん、新しい服のためには欠かせない要素です。


徐々に周りが見えるようになって、音が聞こえるようになって、動きやすくなって……。
鎧から、それなりに着心地のいい服を着られるようになった私は、悩んでは見送るを繰り返していた選択肢を選びとる力を出せるようになっていました。
『会社を辞める』という選択肢を選んで、そこを歩き始めるという力を。

この力は、もともと私の中にあったものがしがらみから解放され発揮されたものと、『我慢』に使われていたエネルギーが変容していったものが融合していったものだと感じています。

ちなみに意志が固まるうんと前、2019年秋のFB😁


自分の経験を思い返してみて思うのは、我慢に代わる選択をするためには、そのためのきっかけとリソースが必要だということです。

私の場合、変容の最初のきっかけは愛犬がいなくなったことだったのだと思います。できるならこんなきっかけは欲しくなかったですが……。
この時の変化はただ固めるというより、たぶん凍結に近い形。
もう大丈夫だと思っていたけど、あらゆるプロセスを凍結して見えないように冷凍庫の奥に埋没させたことで、自分は大丈夫だと思おうとしていた。
……そうでなければ生きていくことが難しいと、からだかこころか、もしくは両方が、知らないうちに選択していたのでしょう。
私はこの現象を『かくれペットロス』と名付けて、自覚してからゆるゆると向き合ってきました。

この話は長くなるので別の機会に譲るとして、きっかけとリソースの話に戻りますと、いっぱいいっぱいで、なんとか、どうにか、生きているその時。
往々にして、している『我慢』に自覚はありません。

自覚がないということは、他の選択肢はないということです。
あったとしても見えないのです。
見えても選べないのです。


しんどいけど我慢して会社に行く。家事をする。
周りに迷惑をかけられないから。しかたがないから。

そんな『隠れ我慢』も本当にたくさんありますが、それより私がこわいと思うのは、自分自身からも隠れて見えない『かくれがまん』。
私に(笑)わかりやすいように名前をつけてまとめるならこんな感じでしょうか。

『隠れ我慢』→『隠し我慢』=自覚がある、ひとのためを思ってする我慢。ひとから隠す我慢。
『隠れ我慢』→『かくれがまん』=自覚がない、インビジブル我慢。サイレント我慢。≠辛抱。

企画にたてつくような内容になってきましたが、どうかご容赦ください。

『かくれがまん』の何がこわいかというと、自覚がないために自分も周囲もそのケアができないということです。
『かくれがまん』が積み重なると突然心身が不調を訴えて、行動と思考を強制的に一時停止させてきます。
ここで始めて本人は『かくれがまん』を自覚することになるのではないでしょうか。
荒っぽいですが、これもひとつのきっかけです。
『隠し我慢』も危険なのは、皆さまご承知のとおりです。
さらに恐ろしいことには『かくれがまん』と『隠し我慢』は併発してしまうことも多い、ということです。

肩こり。
ペットが側からいなくなる。
カラオケしてたら、突然涙が溢れて止まらなくなる。
実家の立ち退き。
体調不良。
一度風邪をひくと、そのあと咳が3ヶ月は治まらない。

友達の何気ないひとこと。
月食。
冷え症。
実家詣。
おいしいご飯。
空がきれい。
良いことも悪いことも、大きくても小さくても、どんなことでもきっかけになり得ます。
ちょっと立ち止まるきっかけに。
新しい道が、世界が広がるきっかけに。

そうして選択肢に気づけたら、次は選択するためのリソース。
自分の中の資源。
パワー。
余裕と言ってもいいかも知れません。
これを育むのに私にとってたいせつだったのは、アレクサンダー・テクニークやNVCの学びが繰り返し思い出させてくれたことでした。
『今の自分に気づくこと』
『自分にやさしくすること』

最初のうちは、『自分にやさしくすること』と『自分を甘やかすこと』の区別がつかなくて迷ったりしました。
私もまだまだ学びと実践の途上ですが、小さなことから少しずつ自分のために自分の時間を使うことができるようになりました。

シャワーだけじゃなくて湯船につかる。
お気に入りの入浴剤を入れる。
冷たいものより常温のものを飲む。
常温のものより温かいものを飲む。
好きな音楽を聴く。
歌う。
泣くことを自分に許す。
新しいことを学ぶ。
自分のからだを信頼する。

頭が動いて自分全体がついていって、自分の好きなことができると思う。
会社で使う文房具を、お気に入りのものに変える。
生きてるだけですごいと思う。
ここにいて良いと思う。
自分の責任とそうでないことを分ける。
外食もおうちごはんもバランスよく食べる。
ひとり暮らしをする。
会社を辞める。

次に私がする大きな選択は、自分を養うための仕事をどうするか……ということになると思います。
自分が自分として生きていけるように、これからも自分をたいせつにするための選択肢に気づいていきたいです。

長文におつきあいくださり、ありがとうございました。
皆さまにとって、今日も明日も良い日でありますように。

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南野紀美
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