小林聡美さん主演作品に見る「ありえない世界」
たった二作品しか見ていないのに仰々しいけど。
■『ペンション メッツァ』(2021)感想
全7話からなる一話完結ドラマ。
監督・脚本:松本佳奈
主演:小林聡美
避暑地っぽいペンション名だけのタイトルはずっと気になっていた。ただサムネが役所広司さんだからか勝手に堅苦しいものかと想像していたら、全然違った。山のペンションを舞台に紡がれる物語は、暑苦しい今夏に見るにピッタリ。一気に体感温度3度涼しくなる納涼ドラマだった。
しかし「こんなこと、ありえない」の連続なのである。「ヤッホーやまびこ」という名の地元商店から定期的に配達されるらしい荷物の中には、客の予定もないのに1リットル牛乳ボトルが二本も入っている。いや余るでしょ。予定外に招き入れた客に提供されるご馳走の美味しそうなこと。ハンバーグや焼き肉、お肉は冷凍してあったの?山の中に居ながら不自然なほど食材に不自由していない。
第一話ゲストの役所広司さん扮する「常木」さんが記入した宿泊客カードの胡散臭さ。名前は苗字だけ。住所は「東京」のみ。「この人絶対お金持ってない!」と勝手にハラハラしてしまうが、小林聡美さんは温かく迎え入れる。
第六話のタイトルが「むかしの男」で、なんか急に生々しくなるのかと思ったら違った。さらに浮世離れていた。
このドラマは、ファンタジーなのだ。「こんなことありえない」のは当たり前。悪者は出てこない。出てくる人は全ていい人。いったい何を成してこんな山奥で気ままな隠居生活を送るに至ったのかなんて野暮なことを考えてはいけない。最終話では小林聡美さんがペンションを出ていくのだが、いやその御年でどこへ。もしかしてお迎え?なんて心配する必要もない。
童話には必ず何かしらの教訓や知恵が潜んでいるものである。人生に役立つ知恵が散りばめてあるに違いない、きっと。なんて思いながらその後再びおすすめされるに素直に従って『かもめ食堂』まで見た。
■『かもめ食堂』(2006)感想
原作:群ようこ
脚本・監督:荻上直子
主演:小林聡美
大変。制作時期はこっちの方がずっと早いが、また利益度外視の物件が舞台となっている。今度は「食堂」だ。
北欧フィンランドで、なぜか食堂を開いている小林聡美さん。開店するにあたってどれだけ初期費用がかかったのだろう。客が一人も来ない食堂を一ヶ月ものんびり焦らず続けている。陰でどれだけの食材を無駄にしているのか。光熱費だってバカにならないはずだ。そもそもどれだけの資金を用意していたらこんなに暢気に構えていられるのだ。苦労話は一切ないがそんな下世話な部分ばかり気になる。
客に出す水がデカンタに汲んで置かれているのも衛生的に大丈夫なのか。客が来ないのだからOPEN時から替えられることなくそのままの水。水道から汲んだものかな。常温で大丈夫なのかな。いちいち気になってしょうがないが、そんな心配も無用なのだ。一見の旅行客を「ガッチャマンの歌詞を全部知っているから」って理由だけで自宅に招き入れ住まわせてしまう危機感のなさも全く問題なし。全ての疑問は、「だってファンタジーだから」で一気に解消。ネットで調べるって手法を一切使わないところもファンタージー味が強まる。
■なんでも受け入れてくれる小林聡美さん
提案されたら、とりあえず「やってみよっか」と言ってくれる小林聡美さん。否定の言葉はない。
私だったら、上手くいく見込みがないと思ったら、やる前から無駄と決めつけて反対意見を言ってしまうだろう。時間を無駄にする余裕がない。しかし物事は実際にやってみないとわからないものである。たとえ失敗に終わっても、何も行動を起こさない時とは絶対に違った結果を得るはずで、試した過程から必ず何かが生まれている。
小林聡美さんの作品には、「いいなぁ、こんな生活」がいっぱい詰まっている。避暑地でのんびり過ごしたい。空いた屋内プールで気ままにゆらゆら泳ぎたい。金銭の心配もなく、優雅に好きなことだけして過ごしたい。将来の心配もしたくない。
今の私は、干渉を嫌って小林聡美さんの「客」にさえなれないだろう。こんな私でもいつか小林聡美さんに癒しを求め素直に身を預ける日が来るのだろうか。そしてやがて、今度は自分がひとのために何かをしてあげようという境地に達するのだ。私がそんな風にひとの背中を押せる人になれるのは、いつのことだろう。本当の幸せって、人の役に立つ事でしか得られないと思うのだ。