見出し画像

感謝ではなく謝罪でしょ


オフィス。コーヒーブレイク。

みつき(以下み)「お盆休み、お疲れ様でした」
マリコ部長(以下マ)「関東は台風の影響がそんなにひどくなかったので、ほっとした」
み「晴れてたかと思うとザーっと雨で、また晴れ。沖縄のカタブイ(片振り、片方では晴れているのにもう片方では降るという、夏の局地的な雨)だなあと思いました」
マ「この国も亜熱帯化しているってわけか。
ところで、十五日は敗戦記念日だったね。わたしの父は徴兵寸前で戦争が終わったので死なずにすんだ、ってよく言ってたけど、兄を南方で亡くしたって。
わたし、かねがね疑問に思っているんだけれど。靖国神社に、この日にわざわざ出向く政治家が『英霊に感謝するため』って語るのは、なんかおかしいよね、って」

みつきの後輩で、マリコ部長の部下、エイコがやって来た。
エイコ(以下エ)「えーれぇ、おかしいって、何かトラブルでも?」
み「政治家の靖国参拝ってどうなの、て話」
エ「ああ、毎年毎年やっている、これみよがしの挑発行為ね」
二人「相変わらず過激ね」

マ「ところで、あなたたち、初めて戦争を肌で実感した経験っていつごろ? わたしは幼稚園のころ。えびす講の賑わいの中で聞いたハーモニカ。片腕を失った白服姿の傷痍軍人が物悲しいメロディーを吹いているの。ぞくりとした記憶がある。あと、家の近くの八百屋の主人がビッコ引いてるのね。どして? って聞いたら原爆でやられた、って」
み「わたしはウチナーンチュですから。身の回りは生まれる前から戦争だらけですよ。しかもいまだに現在進行形。一番古い記憶は、3、4歳のころかしら、家の近くで不発弾が見つかって避難したことかな。恐怖でした」
エ「わたしは、小学1年のとき。夏休み、おばあちゃんの家に行った。広い和室に顔写真がいっぱい飾ってあるんですけど、老人にまじって青年の写真が何枚もある。おばあちゃんに聞いたら『わたしのお兄さんたち。みんな戦争で死んじゃったんだよ』って。じーっと見ていたら怖くなって泣いちゃったんです」

マ「みんな、あるわよね、そういう経験。戦争を経験した人がどんどん減っているけれど、わたしたちだって見聞や学んだことを、次世代に伝えることができるわよね。で、靖国参拝に戻るけど」
エ「政治家に加え、なに? あの日本兵のカッコしたコスプレ野郎ども。彼らからは、侵略戦争の反省がこれっぽちも感じられないんですけれど、彼らからは」
み「確かに」
マ「さっきも話してたんだけど、感謝って言葉に引っかかるのよ。戦争を始めたのは軍部・政治家で、その巻き添えを食って死んでいった日本兵が祀られてるんでしょ。
多くの日本兵が侵略した国で略奪・放火・拷問・強姦・虐殺などありとあらゆる残虐行為に手を染めていた問題は別の機会に話すとして、彼らだって赤紙一枚で戦場に放り込まれ、戦闘で、飢餓で、熱病で、志願という名の強制特攻で、隊内イジメなどなどで殺されていった、いわば犠牲者でしょ」
二人「異議なし」
マ「彼ら対して、戦争をおっ始めて徴兵した側の政治家がすべきは謝罪でしょう。若い命を軍国ファシズムのために、軍人・政治家の我利我欲のために奪ってしまって、ごめんなさい。後世の若者を二度と戦争に送り込むことがないように努力します。こう土下座すべきなのにね」
み「それを、国策に殉じてくれたことに感謝だなんて、大日本帝国の侵略戦争に貢献してくれてありがとう、って意味にしか聞こえないです。
わたしはこの日に、侵略戦争を美化する宗教法人の靖国神社ではなく、千鳥ヶ淵戦没者墓苑に行く人々の方が信頼できると思うわ」
マ「そもそも政治家らは加害者っていう自覚が全くなくて、日本を戦争の被害者と思ってるんじゃないの。だから日本のために戦ってくれてありがとう、って短絡に思っちゃうのかもね」
エ「加害の事実を認識してないと、また同じ過ちを繰り返しますよ。奪い焼き犯し殺し……」
み「徴兵された人にも、父母がいて、兄弟姉妹がいて、愛する妻子、恋人がいて、夢が、やりたいことが、学びたいことがたくさんあって、人生を全うする権利があったのに、国が始めた侵略戦争で無惨に断ち切られた。英霊も本当は激怒しているんではないかしら」
マ「政治家の言う『お国のため、国を守るため』は『国民を守るため』じゃないからね。権力者と取り巻きの資本家・特権層、いわゆる上級国民と彼らの権益を守ることだからね」
み「そのために、われら下級国民を戦いに駆り出そうってのが、昔から権力の座にある者がやろうとしていることなんでしょうね」
マ「だから、権力や幇間(たいこもち)メディア・コメンテーター、デマだらけのネット情報のプロパガンダに乗せられないように、注意を払う必要がある。空気を読む、長い物に巻かれる、同調圧力に弱い、お上のやることに無関心、お上の言うことに盲従しちゃうって日本人は多いからね」
エ「いまの政権は、敵国を無理くり作り出して過剰に危機を煽って敵基地を先制攻撃しよう、憲法を改悪しよう、なんて環境づくりに躍起だから、よけい心配になってくる。戦争はごめんだわ」
マ「そうね。昔、あなたたちが生まれる前だけど、自民党のハマコーって議員が『かわいい子どもたちの時代のために自民党があるちゅうことを忘れるな』って豪語していたけれど、いま、この政党は子どもたちを自分らの権力を維持するために戦わせ、命を捨てさせようとしているんじゃないかって、わたしは強く疑っている」
み「でも、侵略されたらどうする、って声も多いですよね」
マ「それは承知している。侵略されないように、戦争にならないように、外交努力をすることが政治家には求められるんじゃない? 憲法にも書いてあるでしょ。『国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する』。政治家はこの原則にのっとって行動するべきなのよ」
エ「だいぶ前に、図書館で自衛隊のプロパガンダ雑誌を見かけたのね。で、パラパラやっていたら、若者へのアンケートが載っていたんです。興味深かったからメモメモしたんだけれど、こんな内容。

Q:日本が侵略されたら戦いますか?
A:戦わない72%、戦う28%

日本のZ世代は意外に健全かも、って思った」
マ「へーえ、まともじゃん」
み「あのとき日本が降参したから、おじー、おばーが生き残ってくれて、いま、わたしたちはここでおしゃべりできてるんですよね。
ミッドウェイ海戦の惨敗あたりで見切りをつけとけば、学徒出陣も沖縄戦も大空襲も原爆も特攻隊もなかったのにね。
あ、一句できました。『負けたからあなたも我もここにいる』」
エ「お、わたしもできた。『靖国にコスプレ群れる敗戦忌』」
マ「いいわね。じゃ、わたしも。『玉音に泣き疲れしあと皆笑顔』」
エ「わたしのおじいちゃんも正直ホッとした、って言ってました」

み「てか、最近のわたしたちの会話って、辛辣な方向に行くことが多いですね」
マ「しようがないわよ、政府がロクデモナイことを次々やろとしているんだから。彼らの思惑通りに事を運ばせないためにも、政治の話をタブーにしちゃいけない、そしてどんどん声を上げていくべきだ、と思うわよ、わたしは。無関心や沈黙、冷笑は結局のところ政府のやることの容認よ。戦争ごっこは、サバゲーだけにしておこうね」
二人「ですよねー」
マ「さて、もういい時間だし、この辺で、お開きにしましょうか」
二人「はーい。有意義なひとときでした」

※参考:
「沖縄語辞典」(研究社、2006)
「MAMOR」2022年12月号
※写真は2023年8月16日付け東京新聞
※作中の俳句は拙作「毛遊び」収録

https://note.com/minamihanashima/m/mfd11d9b435ca

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?