「妙な話」芥川龍之介
「妙な話」芥川龍之介
https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/103_15250.html
これは、僕の友人の妹の千枝子の話だ。
彼女が中央停車場へ入ると、赤帽が彼女に「旦那様は、お変わりございませんか」と聞いてきた。
「便りが途絶えて心配しています」と答えると、「では、私が旦那様にお目にかかって、来ましょう」と言って人ごみの中に消えてしまった。
夫の同僚がアメリカから帰国したのを出迎えに停車場に言った折、赤帽が「旦那様は右の腕に、お怪我をなさって、そのためにお手紙が書けないそうです」と後ろから声をかけた。
改札口を出ると、また「奥様、旦那様は来月中に、お帰りになるそうですよ」と声をかけた。
その1か月後、夫が帰って来て、中央停車場で赤帽の顔を見て、驚いて話すには。
マルセイユに上陸した折、その赤帽に会い近況を尋ねられたというのだ。
この話を聞いて、3年前、千枝子が私との密会の約束を二度までも破ったわけを理解したのだった。