見出し画像

人生、受け身で成り立ってるかも?


ふと自分の人生を振り返ったとき。
自分のターニングポイントとか、って、どんな時だったか考えてみました。

私の場合、誰かの一言だったり、突然舞い降りてきた機会に興味を持って飛び込んだらそれがすごく自分にとって最高な機会であったり道が開けるきっかけになった、みたいなことが多いなと。

だから実は受け身で居た方が自分にとって予想のできない人生になって面白いし、案外向いていることを見つけられるのかもしれないなと最近感じました。
逆に、めちゃくちゃ追いかけていた夢が、実は向いていなかったり意外と縁がなかったりしました。

たとえば、私は昔はよく自分の将来について考えていて、中学校の頃から大学1年生まで学校の先生になりたいという夢がありました。英語の勉強は好きだったので、大学受験では英語の教員免許が取れる文学部英米文学専攻を主に受けることにしました。しかし、ある時、クラスメイトだった親友に聞いたことのない学部を「ここ向いてそうだよ」と紹介されました。そこは英米文学ではありませんでしたが、英語の教員免許も取れるということと、なんだか面白そうだという理由で私は受けてみることにしました。

そしたら、その学部に合格しました。私はその大学で入りたいサークルがあったので、他の大学で受かっていた、元々の志望学部である文学部英米文学専攻に進学せず、親友の一言で受けてみた大学の学部に行くことにしました。
さらに、大学に入って私は予定通り教職課程を取りました。これで自分が描いていた夢である教師になれると思いました。

最初は興味深くて座学は楽しんでいました。
しかし…

教職課程取り2年目のころ、私は授業を受けている中で、学校の教師は向いてないんじゃないかと思うようになりました。あんなに昔から熱望していたけど、現実は違いました。その時は言語化できなかったけど、今思えばその時の「何か違う」という感覚は合っていて、教員を志すのを辞めて正解だったと思います。

今向いてないと思った理由を言語化するならば、私は、人に興味がありそうで実は興味がない人間だからです。それよりも自分が自分の好奇心の赴くままに行動するのが好きで、自分の出来ることを広げていきたいので一つの場所に留まる教員は向いてないと思いました。(16personalitiesは冒険家です)

さらに、親友がきっかけをくれなかったら知ることもなかった学部に行き、私はそこで自分が心惹かれる異文化コミュニケーションという学問に出会えました。だから、今大学院で異文化コミュニケーションを専門にしています。
学部時代に、英米文学という授業はとりましたが、単位を落とすほど興味が持てませんでした。英米文学専攻に行かなくて本当に良かったと思いました。

次に、就活というターニングポイントです
これも、私はわりと受け身だったことによりご縁がありました。
「ここに絶対入社したい」そう思って受けてた企業には、最終面接手前の面接で落とされてしまいました。

むしろ、全く視野に入れてなかった業界に、オファーサイト経由で声をかけてもらい、深く知ってみたらすごく興味が持てました。そこで内々定も頂けました。

今の恋人も、大学のときに友達とお酒の場のノリでクリスマスまでに彼氏作ろう、といって始めたマッチングアプリで、たまたまマッチした人で、アプリ上で出る相性は50%くらいだったのに、かれこれ2年半付き合っています。今の恋人と出会う前にアプリで会った趣味が同じの相性90%の人とは2回目のデートで音信普通になったので、アプリが算出する相性は私にとってはあまり意味がないものでした。

このように、意外と人生って、めちゃくちゃ望んだものは実は縁がなかったってことありませんか?
私は、ターニングポイントでいえば、それでしかないかもしれません。

それに気づいてから、私の生きるスタンスとしては、
・頑固になりすぎずプライドを捨て人の助言や一言を聞いてみるとそこにヒントがあるかも
・自分が好きなことと向いてることは必ずしも一致しない
・意外とやってみたら向いてるかもしれないからとりあえず目の前にあるチャンスは可能な限り引き受けてみる
・先入観を持ちすぎず人と付き合ってみる

ということです。

ジョブズな有名なスピーチでConnecting the dotsがありますが、それと似たような感じです。(もちろんジョブズほどすごいことを成し遂げることにはつながってないけど笑)

こういう経験が自分の人生を作っているなあと思います。本当に、高校生のときに思い描いていた将来とは全然違うけど、それでも今は楽しいです。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集