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また乾杯しよう

三年前、私はあまい期待を抱いて博多行きの新幹線に乗った。
そのころ私は、7年付き合っていた彼と別れて自由になり、ちょうど長期の休みが重なったこともあって一人旅に行くことを思い立った。
場所はどこでもよかったのだが、社会人になってから帰っていなかった九州(関西ではたらくようになり、実家は宮崎なのだが)にでも行くか、と思い立ち、場所は新幹線で行きやすい博多にした。
連絡するのは高校を卒業して以来だったのだが、ちょうど博多で歯医者の研修医をしているという同級生(Tと呼ぼう)と夕飯を共にする約束もとりつけた。

というのは建前で、本当はTに会いたくなったのである。

Tとは高校3年間同じクラスだった。
当時、私は好きになったらとことん一途で周りから見てもわかりやすかったみたいだ。
授業中に目が合うだけで一日ハッピーな気分でいられたし、席替えで隣になり、髪型を変えてきたときに褒められてからは、その髪型ばかりしてきた。
互いに気になっていると感じる時期もあったし、クラスのみんなにからかわれたりもしていたが、私たちはどちらからも告白をせず過ごすうちにあっという間に3年生になり、Tは他のクラスの女の子と付き合うようになった。
Tが他の子と付き合ってからも関係性は変わらずに、放課後には面接練習を教室に残ってしたり、持ってきていたパンを分け合ったりして(そのせいで彼女の友だちから嫌味を言われたこともあったのだが)それだけで私はTにとってちょっと特別な存在なのだと、思うようにしていた。
結局、ちゃんと思いを告げることなく、私は関西の大学へ、Tは九州の大学への進学が決まり、高校3年間を終えた。

大学生になり帰省するタイミングにひらかれた同窓会で久しぶりにTと再会した。
チェーン店でどこにでもある居酒屋で、私たちは味の濃いからあげやフライドポテトで適当におなかを満たし、飲めるようになったアルコールで都合よく酔っ払った。
はじめはきちんと座って飲んでいたクラスメイトたちも次第に自由に席を移って飲むようになったころ、Tが放課後のあのときのように私の隣にするりとやってきた。
火照る身体を酔いのせいにして、さらにアルコールを口にする。
高校のころの懐かしい話や互いの大学生活のことなど、他愛のない話をぐだぐだとしては、時折ふれる肩に熱を感じていた。
大学生になった私には彼氏(7年付き合って別れることになる)ができていたし、Tにも大学で新しい彼女ができたという。
「へぇ~よかったじゃん」と何事もないように受け流すことでいっぱいで、わたしはまだ、Tのことが好きなんだなと思い知った。
あのころ、酔いに任せて「わたしのことはどう思う?」って聞けていたら何か変わっていたのだろうか。
結局、そこでも思いを伝えることができず、アルコールでその言葉も飲み込んだ。

大学からずっと付き合った彼氏と別れてすぐだというのに、思い出したのはTのことだった。
まっすぐに、会いたいと思った。
高校を卒業して他の人とも恋愛をして、一人暮らしも仕事もこなせるようになって自信がついたこともあるのだろうか。
いまなら、ちゃんと話せると思った。
いきなり連絡したのにも関わらず、Tは夜なら空いてると快くOKしてくれて「せっかく博多に来るのならもつ鍋食べんといかんやろ」ともつ鍋のお店を予約してくれた。
二人だけでお酒を飲むのははじめてだった。

アツアツのもつ鍋に冷えたビール。
ちょっと大人になったTの、あのころと変わらない笑い声に私をからかうような話し方。
そして、あのころと変わらない私の恋心。
目の前で起きてることすべてがふわふわしていて、心地よくて、楽しくって。
これはきっと、酔いのせいだと言い聞かせて、はしゃぎすぎないようにと自分を落ち着かせることに必死だった。

「「かんぱーい」」
お酒が運ばれるたびに乾杯を交わし、何回交わしたかわからなくなったころには互いの現状や同級生の近況報告が終わり、話題は自然と恋愛の話になった。
7年付き合っていた彼氏と最近別れた、と話すとTは大げさにリアクションをとり、別れることになった経緯を話すと私を擁護してくれた。
話の流れで「Tはどうなん?」と聞いた。
Tは大学から付き合っている彼女と変わらず付き合っていて、結婚も考えているが、まだ研修医だからと照れ臭そうに話した。
なにかを期待していた私は「そっか!いいじゃん!幸せ者め!」とその言葉とは裏腹に、ひとりで傷ついて、そのさみしさを紛らわすためにビールを流し込む。
それからは、私の別れた彼氏の愚痴をひたすら話して、互いの結婚観の話して、どちらが先に結婚するかなんて競ったり。
「どちらかが結婚するときには、また乾杯しよう」と約束をして、何度目かわからない乾杯を交わした。

もつ鍋の店をあとにして、「博多に来たのならラーメンも食べんといかんやろ!」とTのおすすめという店に〆のラーメンまで食べに行き、「夜も遅いし、一応、女の子やからな」とホテルまで送ってくれてわかれた。
あんなに意気込んできたのに、Tを目の前にすると結局また聞けなかった。

あれからすぐに新しい彼ができ、付き合ってもうすぐ3年になろうとしている。
結婚の話も出ているが、話がなかなか進まずにもやもやしていて誰かに話をしたくなったとき、思い浮かんだのはTだった。
毎年、元旦にメッセージをやりとりするくらいなのに、どうしてこういうときに思いだすのはTなんだろう。
「久しぶり!元気?」とメッセージを送り、いっそのこと、返信が来なければいいのにと自分勝手に思ったりもしたのに、すぐに「おお、久しぶり!どした?」と返信がきてしまった。
「まだ博多におるのなら、遊びに行く予定あるからご飯でも食べながら相談のって」とありもしない予定を作り出した。
「実はいま、熊本に移って博多にはおらんのや~」と返信がきて、続けざまに「相談ならいつでものるけん、電話してや~」と送られてきた。
ちょっと怖気づいた私は「また、都合の良いとき教えてー」と何事もなかったかのように終わらせようとしたのに、「今や!」と返信がきたと思えば、携帯の画面にTの名前が映し出されて着信が鳴った。
ちょうど残業終わりの帰り道だというTと他愛のない話をはじめる。
電話越しに聞こえるあのころと変わらない笑い声と、やっぱりからかうような話し方。
変わったことは、Tが結婚したということ。
Tの結婚の話をきっかけに今の彼との現状を話し、「何を決め手に結婚したん?」「うわー、先越されたー笑」とムダに明るくふるまっては、ぽっかり空いたものに気づかないように、感じないように一方的に話をした。
Tが家に着いたころ、あらためて「結婚おめでとう」「また飲めるようになったら、乾杯しないとね。今度は私のおごりで」と伝えて電話を切った。


きっともう、高校生のころの思いを伝えることはないだろう。
でも、それでいいのだと思う。
また乾杯できたとき、私の長年の恋はやっと終わるのだ。

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