バーツアンと呼ばせて。「ビーフン東」の中華ちまき(新橋)
「空腹」をわたしの辞書で類語変換するなら「美味しいものを食べるには最高のコンディション」だ。
とにかくお腹がすいていた。
コロナを言い訳に先延ばしにしていた健康診断をついに受けてきた。最後の悪あがきで丸一日、サラダしか食べていなかった。気分はウサギだ。丸一日ウサギ気分を味わっても、減った体重はウサギ一羽分にもならないから、人生そんなに甘くないらしいことを知った。
検診をするクリニックは汐留で、朝イチで申し込んだから終わるのが昼前。我ながら完璧なスケジュールだ。前日の夜から、終わったら絶対あれを食べようと決めて、オープン時間まできっちり調べていた。
もはやランチのために検診に行くような気分。ウサギ気分なんだから、にんじんがあっても怒られないだろう。
新橋の、古い駅ビルの2階にそのお店はある。
こんな通りにあるの? って不思議になるが、ちゃんといちばん奥にあるから迷わず進む。
あたまのなかで「栄光の架橋」が流れる。オリンピアンでも何でもないが、この廊下はわたしにとって検診後の花道。空腹からの解放だ。
11:30のオープン一巡目に入れた。人気店だけあって、周りに10人くらい待っている人がいた。
ここにきたらビーフンと、ちまきは避けて通れない。ビーフンはいつも五目。焼きかスープか選べるが、わたしは断然焼きだ。腹ペコのわたしに小盛りなんて選択肢はそもそもないが、わずかな見栄が邪魔をして「一人前」にした。もちろんちまきも注文した。
カウンターの左に座ったおじさんが、注文するときにテイクアウトのちまきもいっしょに注文していた。家族へのお土産にするのだろうか。いいお父さんだ。
そんな妄想をしながら、気づいたらわたしまでテイクアウトのちまきを注文していた。しかも3つ。一人暮らしのわたしがなぜ3つも注文したのか、自分でもわからない。空腹とは恐ろしい。
すぐに五目が到着した。色鮮やかな野菜に、真っ白なビーフン。いつ見ても美しい。
「お好みでにんにく醤油をかけてお召し上がりください」
これ毎回言われるけど、なにもかけずにそのまま食べるのが好き。
うっすらと塩気の効いたビーフンと、歯応えを残した野菜のバランスが絶妙だ。このバランスを崩すのはもったいない気分になるから不思議。油っこくないからスルスルいける。野菜もたくさんあるから、前菜のサラダみたいなもんだ。うっかりそう書いちゃったくらいにはお腹がすいていた。
そして我らがバーツアン、ちまきの入場。もはやどっちが主役かわからないが、遅れてやってくるだけの大物感はある。絶対王者の風格だ。このときすでにビーフンを食べ始めているが、どのタイミングでちまきを食べようか目が泳ぎだす。眼福とはまさにこのことだ。
茶色に輝く餅米マウンテンは、ちょい硬めで、見た目ほど味付けもくどくない。角のあたりを箸で崩しながら食べ進むと、中からゴロッとした角煮と茹でたピーナッツ、うずらの玉子が次々に出てくる。
まるで宝探しのような展開に、うーんと唸りながら口の中にひろがる幸せを噛みしめる。ビーフンがあっさりしているから、少し濃い味付けのちまきがちょうどいい。
昨日までの食事とは雲泥の差だ。やっぱり3つテイクアウトして正解だ。あれは空腹の神の啓示だったにちがいない。
毎回バーツアンと言えなくて、ちまきと言ってしまう。スタバの「トールラテひとつ」みたいに、わたしも堂々と「五目の焼きとバーツアン」と言ってみたい。連れて帰った3つのちまきで練習をしよう。
次はわたしに、バーツアンと呼ばせて。
ビーフン東