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夜の江ノ島で
数ヶ月前、いちばん体調が悪かったときに、事情があって昔からの友達の家に泊まった。
僕の記憶している限りでは、そいつはお酒をたくさん飲むタイプではなかったはずだが、キッチンには大量の酒瓶が並べられていた。僕は不思議に思って、そんなにお酒好きだったっけ、と聞いてみる。その友達は、毎日飲んでいないともうやってられない、と答える。
季節は夏で、気分はハイで、彼の家では煙草が吸えなくて、僕たちは江ノ島まで歩いた。
灰皿の近くの石段に腰掛けて、真っ黒な液体が流動する音を聴きながら、ふたりで煙草を吸った。
僕はずっと、彼は何事においても順調な人生を歩んでいるように思っていて、そんなことを言い出すなんて思わなかった。そう伝えた。
彼はずっと、僕は何事においても順調な人生を歩んでいるように思っていて、そんな状況になるなんて思わなかった、そう言った。
僕たちはどうも、「自分がほんとうのところはなにを思っているのかを他人に話す」という回路が頭からすっぽりと抜け落ちてしまっているみたいだ。
彼に、体調不良に陥った際にひとから「いつか急にいなくなりそうで心配」と言われた話をした。
それはきっと上述した傾向があるからで、もし仮にいなくなることがあったとしても、少なくとも「僕ら」にとっては急なことではないのだ、そうだよね、という会話をした。
なんにせよ、ひとはいなくなるときはいなくなるものだ。それに対して急か否かを判断するのは当人ではなく観測者の側の事情にすぎない。
僕はお酒に弱い。とてもとても。なので基本的に家でひとりで晩酌をすることはほとんどない。飲み会は好きだけれど、終電で帰らなくてはいけなくなったいまの立場上、飲み会で飲むお酒の量も減っていると思う。
どうにも苦しくなることがあって、ついに僕はお酒に頼ることを始めてしまった。彼のように。そしてひとりでお酒を飲んだ晩には彼と眺めた江ノ島の海を思い出すのだ。