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韓国映画『オアシス』

不器用で社会に馴染めず出所してきたばかりの青年ジョンドゥと、脳性麻痺で身体の不自由な女性コンジュの、周囲から全く理解されない恋愛の物語です。

序盤の方に、印象的な(かつ残酷な)シーンがありました。

コンジュは兄夫婦に半ば「棄てられている」ようなものなのですが、アパートの隣に住む中年夫婦が一応形ばかりの世話をしています。

真昼に中年夫婦がコンジュの部屋に入って来て、「見られてるよ」「あの子に見られたって別に」と言いながらセックスします。見かねたコンジュは静かに寝室の扉を閉めますが、それでも行為の声は嫌でも聞こえてきます。コンジュは自らの手に口紅を持って唇に塗ろうとしますが、手も顔も思うように動かず、どうやっても塗ることができません。扉越しに喘ぎ声が聞こえ続けていて、コンジュは震える手で口紅を持ったまま、静かに涙を流します。

扉一枚隔てたところには、「女」が居て、一方同じ「女」であるコンジュは口紅をひく、ただその動作ひとつが、できない。涙を流すコンジュの顔に翳る絶望が、観ているこちらの心にも流れ込んできて、揺さぶられました。

そんなコンジュの前に現れたのが、純粋、いやおそらくこの世で生きていくには純粋すぎる青年のジョンドゥ。ジョンドゥは本気でコンジュを愛し、コンジュを外の世界へ連れ出し、コンジュの恐がる全てのものからコンジュを守ろうとします。二人でいるときだけ、そこはどこだって「オアシス」になります。

しかし二人の恋愛は誰にも理解されません。遂には二人の肌の触れ合いが偶然コンジュの兄夫婦に見つかってしまい、ジョンドゥはレイプの犯人扱いされます。そして周りからは「あんな子」に手を出すなんて「変態」だとされます。やりきれない。本当にやりきれない。観ていて頭を掻きむしりたくなった。コンジュも本当のことを言いたい、弁明したいのに、元々の脳性麻痺に気持ちの高ぶりが加わり、一言喋ることすらできません。コンジュのもどかしさが、生々しく伝わってきます。

コンジュの部屋には、「オアシス」と描かれた壁懸け紙が貼ってあります。そこにちらちら映る木の影を、コンジュは終始恐いと言います。ラスト、レイプの罪を着せられて入った留置場から逃げ出してきたジョンドゥは、コンジュのアパートの前のその木を切り倒してしまいます。オアシスから影を取り去った。これでもう何も怖くない。

コンジュ役の女優ムン・ソリの演技には目を見張るものがあります。彼女はもちろん障碍を持っているわけではない、一人の女優さんです。時折コンジュが車椅子を手放し、「ごく普通の(普通という言い方には弊害があるかも)」女の子としてジョンドゥの隣に立ってちょっかいを出したり、キスをしたりします。それはおそらく二人が作り出したファンタジーであり、「オアシス」に居るときにだけ現れるのだと思います。

2002年公開ですが、今デジタルリマスター版で劇場で観られたことを、何より幸せに思います。こんな風に直接心にゆさぶりをかけてくる作品は、そう多くはないはずです。



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