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「プロフェッショナル 仕事の流儀 ジブリと宮崎駿の2399日」とは何だったのか?



「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」「となりのトトロ」「紅の豚」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」「崖の上のポニョ」「風立ちぬ」などを世に送り出してきたスタジオジブリの映画監督・宮崎駿(82)はいかにして新作「君たちはどう生きるか」を作り上げたのか。創作の舞台裏で繰り広げられていた物語。2399日にわたる記録。

下記リンクより引用

公式HPの宣伝文句とは裏腹に、「君たちはどう生きるか」の制作工程の説明は冒頭の10分程度で終わり、残りの1時間超は主に高畑勲との影響関係と、宮崎駿監督の「脳みそのフタを開ける」という独特の表現に示されるような、一種の特殊状態に置かれた作家のドキュメンタリーとなっている。
そのなかでも50分程度の時間を割かれているのが前者、高畑勲との関係性についてであり、氏の逝去した年、2018年の映像が主となる。「2399日」とは密着期間に過ぎず、番組の内実とは齟齬をきたしている。
高畑-宮崎両監督の関係性を補足するために、過去の別のドキュメンタリー記録に加え、なぜかこれまでの宮崎・高畑作品(アニメ映像)が切り貼りされていく。
この点が今回のもう一つの主題である、「脳みそのフタを開ける」ことによって現実世界での認知に危機が訪れる作家の姿を描く伏線になっているのだが、この演出に対して違和感を持った人が少なくなかった。
筆者もその一人で、特に「君たち」のクライマックスシーンを2分程度だろうか、丸っと大公開している点や、過去のアニメシーンが貼られていくのを見るにつけ、
「その余分な映像を全部削除したら累計5分くらい捻出できて、もっと他の分析に時間割けただろ!」
と思わずにはいられなかった。

残念な点 -既視感

演出に見る『夢と狂気の王国』(2013)の影響

冒頭で述べた筆者の嘆息に加え、
「もうその演出より良いものを見たことありますよ、、」
というのがオープニングをみながら思ったことだった。

ドキュメンタリー映画『夢と狂気の王国』のクライマックス、宮崎駿監督の引退記者会見当日の楽屋裏で撮影者(砂田麻美監督)を手招きして、ビルの窓から見える景色を見せながら、「この屋根の上を飛んで電線を伝って、、、」と宮崎駿監督が空想で屋上を渡り歩く人間の姿を語る。
その音声にかぶせて、『ルパン三世 カリオストロの城』の飛翔シーンや『となりのトトロ』の猫バスが電線の上を歩くシーンを重ねる。
この場合は、その映画が2時間あるうちのほとんどを実際に撮影した映像を繋げ続けた末に出てくる映像なのでカタルシスがあった。
止まらぬ空想の礎がさりげなく提示され、こうした日常的な営みの延長上に今までの作品が生み出されてきたのだな、と再認識させられ感慨深かった。

一方で今回は、ドキュメンタリーの冒頭から終始その演出が差しはさまれており、ドキュメンタリー映画監督の演出技法(あるいは、切り貼りのテンポ的にはエヴァのようだったが)を、表層的にテレビマンが真似てしまった感は否めない。
真似るだけならまだしも、細かく切り刻んでドキュメンタリーの文脈とは別個に存在していたアニメのセリフを被せるのだから、「印象操作」と思われても仕方がないのではないか。
少なくとも、撮影された素材に対して不誠実(都合よく解釈を曲げる)な演出だったのではないかと思う。

主題に見る「追認」の問題

ドキュメンタリーである以上、それは少なからず批評的であるべきだと筆者は考える。そうでないドキュメンタリーは、むしろ編集せずに生の記録データを日付明記のうえどこかにアップしてほしい。
ここで批評的というのは「その視点はなかった!」と思わされるような体験のことだが、今回の主題、特に「高畑監督の影響が濃厚なこと」はあまりに有名で、50分かけて報じる価値があったか甚だ疑問が残る。
作家の分析ではなく追認になっている。このことが、過去の作品からの引用が多いことに輪をかけて二重の既視感を少なからぬ人に与えることになったと思う。

面白かった点 -失敗する宮崎監督の日常生活

そもそもの前提 -NHK側のコンセプト

今回のドキュメンタリーの良い点は、今まで記録されたとしても放送(まして全国ネットで)されてこなかった「宮崎駿の失敗/カッコ悪いところ」を数多く放送したところだろう。

盟友の鈴木敏夫プロデューサーに夜な夜な電話がかかってきて、鈴木氏が心配そうにしつつも宮崎監督を励ます様子も録画して放映するという、監督側の声は記録されていないものの普通に「通信の傍受」ではないかと思われる映像も含め、赤裸々にした。
社員旅行のくだりは、さながらホームビデオだった。
座布団に隠れて照れれながら高畑監督の恩義にお礼を言う姿など、主張ベースでみれば「高畑監督の影響が濃厚」という追認に過ぎないものなのだが、宮崎監督自身のあの様子は、これまで文字で見てきた情報よりはるかに実感に訴える映像になっていた。

その様子を撮ったのは、家族でも社員でもなく、NHKの荒川ディレクターである。
『崖の上のポニョ』の準備段階以後、宮崎駿監督に密着取材を継時的に行ってきた人物だが、当初は鈴木敏夫プロデューサーの身代わりとなって宮崎駿監督のアイデアを聞き、面白いかどうか「素直」に反応する「演出助手」の役割を担ったと、「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」vol.44(2008/08/05)で鈴木P自身が語っている。(下記リンク12分前後)

https://podcasts.tfm.co.jp/podcasts/tokyo/rg/suzuki_vol44.mp3

このラジオの中でも触れられているが、その関係性は取材する/されるというものを超えていた。
荒川ディレクター当人が密着して1年程度が経過したときに振り返った文がある。

アトリエの窓開け、そしてベンチの出し入れなどを手伝ったり、仕事を忘れて雑談にふけったり…。それは取材者としての距離の保ち方というものからはひょっ としたら逸脱していたのかもしれません。でも、この方法によってしか、世間的には「神格化」されつつあった素顔の宮崎さんに迫ることができないと考えた し、それが何よりも自分にとっても刺激的であり、楽しい日々だったのです。

https://www.nhk.or.jp/professional/2007/0327/note.html

NHK側のコンセプトとしては、距離を保たずに「神格化」を退けて、素顔に迫る。ジブリ側から見れば荒川ディレクターが素直に宮崎駿監督のアイデアに反応しては鈴木Pに進捗報告してくれるので「飛んで火にいる夏の虫」(上記ラジオを参照)。Win-Winの関係。

それが映画作りのたびに繰り返されてきたわけだが、最初の『ポニョはこうして生まれた』の時点から、荒川D(意思決定が単独でできるのか別途決済が必要なのか制作の実態は知らないが)は恐らくは鈴木Pの「〇〇はxxがモデル」という推定を「素直」に反映するきらいがあった。
『ポニョ』のトキさんが宮崎駿監督の母親、宗介が監督自身という筋書きで、トキさんが宗介を抱きしめるクライマックスをそのまま公共放送の電波に乗せ、スガシカオの曲をかぶせる演出だった。

カメラが付きまとうことの影響

その読みの当否は問題ではない。問題点として挙げたいのは、そうしたセンスの持ち主である「素直」な撮影者が、15年以上にわたって継続的に密着することが、宮崎駿監督に影響を与えなかったと考えるほうが無理ではないか、ということである。
まして、プロデューサーに「演出助手をそこ(ポニョ準備段階)でやっちゃった」と評された人物である。

面白いときは面白い顔をする、素直で、カメラを構えた、NHKの人間に撮影され続けて、その反応に無自覚に創作を続けることは難しいだろう。
では荒川Dが何を映画の面白さと思うかなど、知る由もない。
だが、例えば「この大叔父はパクさんだよ」といったような、モデルを公認した発言を撮影した時の荒川Dの顔はどうだったか。結果的にそうしたモデル同定のシーンを採用しているところから見て、きっと「素直」に興奮の表情を示したに違いない。
数ある言葉のキャッチボールの中で、特定の発言にポジティブな反応があり、それ以外の反応がネガティブであれば、当然に会話や発言の内容はある傾向を持つ。
まして、インタビュアーなので質問がたびたび為されたことだろう。その時の力点のおかれ方が、宮崎監督の思考に影響を与えなかったか。

ここで問題にしたいコミュニケーションの様態を考えるには、社会学の用語である再帰性、中でも「自己再帰性」という概念が妥当なように思う。

自己再帰性(self-reflexivity)・・・行為者が自己をモニターして自らの意味を再審したり、行為の帰結が行為者自らに作用する再帰性

中西真知子「再帰性の変化と新たな展開」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsr/64/2/64_224/_pdf#:~:text=%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%9A%84%EF%BC%8C%E8%A8%80%E8%AA%9E%E7%9A%84%E5%9F%BA%E7%9B%A4,%E7%8A%B6%E3%81%AE%E5%BE%AA%E7%92%B0%20%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%EF%BC%8E

いうまでもなく、宮崎駿監督が自己をモニターする鏡となったのが荒川Dだと、筆者は考えている。「素直」とは、この再帰性を誘発する反射材としての素質だったのではないか。
例えば以下のような循環型=再帰的なコミュニケーションがあったように思えてならない。
1. 作中人物のモデルを開示するほど喜ぶ撮影者がすぐそばにいる(ポニョでの実績あり)
2. 作中人物のモデルを開示するようになる(サービス精神)
3. ますます撮影者が喜ぶ
4. きっと一般大衆もある程度喜ぶに違いないとして、映画の性格が自伝的(楽屋裏的)なものに傾斜していく

あるいは逆のパターンもあったのではないか。
1. 「脳みそのフタを開け」た宮崎監督が、例によって健忘症のような状態に入っていく。このこと自体は恒例行事のようだが、加齢によって監督のパフォーマンスが落ちている。記憶、手元・足元がおぼつかない映像が撮れていく。
2. 「素顔の宮崎さん」を撮らんとする撮影者が興味深そうに反応する。
3. 親しい人が立て続けに亡くなっていく年齢にあってただでさえ限られていた集中力が、自己の省察や友人への思慕に向かって注意散漫になる。ますます現実の認知よりも映画内の出来事や高畑監督への思い入れの話に会話の軸足がおかれるようになる。
4.そうするうちに、あたかも「脳みそのフタを開けること」とは映画の中の話と現実が入り混じっていくことでありキャラクターにはモデルが割り振られているというような了解が、既定の事実であるかのようなドキュメンタリーが編集・放映される。

もちろんすべては憶測である。
しかし繰り返すと、密着取材の影響がなかったとするほうが難しいのではないか。
そして、影響があったとすれば、それはNHK側の当初目的だった、「素顔の宮崎さんに迫る」という面白いコンセプトは、どこまで達成されたと考えるべきだろうか?今回映し出されたのは果たして素顔だったのか、それとも撮影者を意識して演じられたものだったのか?

それは素顔か、キャラか

本ドキュメンタリーを要約すれば、宮崎駿の素顔を撮ろうとした結果、「キャラ」として捉えなおした(作為的に演出した)映像、と言えてしまう。

キャラという発明の便利なところは、互いのキャラの再帰的な相互確認という行為だけで、親密なコミュニケーションを営んでいるかのような感覚をもたらしてくれる点 だ。友人間の「キャラいじり」はこれに該当する。相手の言動がそのキャラに似つかわしい (「さすがド S キャラ」)、あるいはらしくない(「あんたそういうキャラだっけ?」)、といった指摘をしあうだけのやりとりは、冗長性が高く情報量は限りなくゼロに近い。

斎藤環「自己イメージの歴史的変遷について」https://www.kci.or.jp/articles/files/H_FT09_SAITO_Transitionof_Self_Image_JP_EN.pdf

冗長性が高く情報量は限りなくゼロに近い」は今回のドキュメンタリーを見た直後の感想にぴったりと一致する。
言い換えれば、出てくる人物は有名人ばかりなので、やはり記録素材として普通に見ていて面白い。が、それを繋げるロジックと演出には既視感しかない。
番組内では繰り返し「高畑勲を愛憎する宮崎駿」「創作のために『脳みその蓋を開けた』うえに老いの影響もあって現実と虚構の境目が溶け合う宮崎駿」というイメージを猛プッシュし続ける。80分弱かけて。

実際、twitter上での感想にはキャラ消費の用語が散見されている。


番組の構成にはこの通俗的なイメージに対する批判的な検討もなければ、俯瞰的に宮崎駿-高畑勲という作家をアニメーション史の中に位置づける意欲もない。
その代わりにあるのはすでに人口に膾炙した上記のイメージを、ひたすら情感を持って裏付ける日常的な映像の数々だった。繰り返すが、それ自体は面白かった(ので、余計な演出全部カットで良いから素材の尺を増やしてください、、、と思わずにはいられなかった)。
現実を生きる人物と映画の登場人物を一対一対応させる、あるいは同一視する。これが「キャラ化」でなくてなんなのだろうか。
しかもキャラの割り振りは、取材対象自体が行った自己申告を鵜呑みにしているのだ。

『ポニョ』公開から数えれば15年の年の瀬。筆者が大好きなジブリという会社のドキュメンタリーに映る人々は皆、歳をとっていた。
素直で、親密であるがゆえに寄り添いすぎてしまった撮影者も。

歳を重ね、コミュニケーションを重ねるうちに互いを「キャラ」として同定する現代のまなざしがジブリにも入ってしまったのではないか。
『夢と狂気の王国』のボディコピーで、ジブリは「最後の桃源郷」と形容されていたが、その崩壊過程を見ているようだと切ない気分になる。

しかし、崩壊期にあるからこそ逆に、宮崎監督が「ぼくらの時代」(だったと思うがうろ覚え)と呼んだ1960年代東映動画あたりの黎明期に対する興味は深まるばかりだ。
そのあたりこそ本当はドキュメンタリーにしてほしい。オーラルヒストリーも今ならまだ間に合うのではないか。

おしまい



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