(詩)ゆっくり、まっすぐ
ゆっくり、まっすぐ
冬の日の夕暮れ時
木枯らし吹く街の目抜き通りは
いつものように人で溢れていた
何かに追い立てられるかのように
誰もが急ぎ足で歩いている
ぼくもまた
夕陽を背に浴びながら
コートのポケットに手を入れ
背を丸め首をすくめて
早足で歩いていた
ふと顔を上げると
前方から二人の老人が歩いて来る
夫婦なのだろう
二人とも八十代か
もしかしたら
九十を超えているかもしれない
地味な色の上下を身にまとい
お揃いのニット帽から覗く髪は
どちらも雪のように真っ白だ
老婆は腰が曲がり
前かがみになって
夫の腕にすがりながら
よちよちと歩いている
老爺は背筋をしゃんと伸ばし
妻を片手で支えながら
もう一方の手で杖をつき
彼女の歩調に合わせるかのように
二十センチくらいの歩幅で
小刻みに歩いている
のんびり散歩している風でもない
帰宅途中なのか
それとも買い物に行くところなのか
とにかくどこかの目的地をめざしている
彼らの歩みは遅かったが 真剣だった
周りの歩行者は
障害物のように彼らを避けながら
次々と早足で追い越していく
だが二人は
人混みなど存在していないかのように
ゆっくり まっすぐ
歩いていた
目まぐるしく動く大都会の中で
この二人だけ
異なる時間の流れに属しているかのように
自分たちのペースを頑なに守り続けている
二人とも顔を上げて
前方をしっかり見つめている
言葉は交わさなくても
しっかりと組んだ腕が
互いの愛と信頼を表していて
その姿は何とも美しかった
ぼくはこの老夫婦に
不思議な魅力を感じて歩調をゆるめ
すれ違いながら
思わず見とれていたが
彼らはぼくには目もくれず
正面を見すえたまま
時速二キロで通り過ぎた
その場に立ち止まって振り返り
ぼくは遅々とした歩みで遠ざかる
二人の後ろ姿を見送った
この二人は
もうどのくらい連れ添っているのだろう
夕陽に照らされた二人の顔には
深い皺が刻まれていた
幾多の苦楽を共にしてきた証のように
人生を一人で生きることは難しい
だから人は伴侶を求める
だが誰かと添い遂げることもまた難しい
それが人の世のジレンマだ
だがあの二人は手を取り合い
共に歩んできたのだろう
時代は移り 周りの風景は変わっても
変わらないのは旅の道連れ
若い頃は 颯爽と大股で
歳を重ねた今は ゆっくりと少しずつ
共通の目標に向かって
まっすぐに歩き続けている
大小二つの人影は
茜色の光の中
一歩一歩 どこまでも進んでいった
その姿はまるで
人生の叡智を教えるために
地上に降り立った
姿を変えた天使たちのようだった
雑踏の中で見え隠れしていた二人の姿が
ついに完全に見えなくなると
街は魔法が解けたかのように
いつものペースで
せわしなく動き始めた
ただ赤い大きな太陽だけが
あの二人と同じペースで
ゆっくり まっすぐ
ビルの谷間に沈んでいった
(2022年1月10日 MY DEAR 投稿作・改訂済)
※以前投稿した作品をさらに改訂して再投稿します。
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