(詩)銀色の川
銀色の川
今日は朝から雨だ
庭の紫陽花も濡れて光っている
出かける時
家のブロック塀を見ると
小指ほどの長さの
茶色く細長いものがついている
なめくじだ
その周りを見たとき
思わず身震いした
いるわいるわ
大小十数匹のなめくじが
塀にへばりついていた
雨の日にはよく大発生するというが
一度にこんなに多くのなめくじを見るのは
初めてかもしれない
嫌なものを見てしまった
後味の悪い思いで
足早に立ち去ろうとして
ふと気づいた
どのなめくじも
上を向いている
濃褐色の縦縞をまっすぐ伸ばし
二本の触角は天を指し示している
【蛞蝓(なめくじ)】
軟体動物門腹足綱
陸生の巻貝のうち
殻を持たないものたちの総称
カタツムリの仲間だが
殻が退化してなくなってしまったという
子どもたちに人気のカタツムリと違い
ただただ忌み嫌われ
駆除すべきとされる存在
そんななめくじも
上を目指しているのか
この世界の不条理から逃れたいと
願っているのか
そう考えると
この醜怪な軟体動物たちが
不思議と愛おしくなってくる
しばらく塀を見つめた後
少し軽くなった心を抱えて
ぼくは職場に向かった
*
雨も午後には上がった
夕暮れ時に帰宅する頃には
塀も乾いていて
朝あれだけたくさんいた
なめくじが
もう一匹もいない
彼らはどこへ行ったのか
街灯に照らされた塀の上には
ほそく透明な粘液の跡が
いく筋も銀色に光っていた
涙の跡のように
ぼくはしばらく塀を見つめて佇んでいたが
やがて抜け殻のような家に入った
暗闇の中にぐったりと横たわる
今日もまた理不尽な一日だった
全身に塩をかけられたように
身も心も疲れ切っているはずなのに
眠ることができない
ベッドの上で寝返りを打ちながら
ふと考えた
あのなめくじたちは
あれから上へ上へと這っていき
そのまま空高く昇っていったのだろうか
ぼくは想像した
雨上がりの街を離れた
無数のなめくじの群れが
夕闇の中をどこまでも昇っていくのを
そのからだは次第に透き通り光を放つ
細い銀の筋が幾本も
星空に向かって伸びていく
星座の中には
さそり座やうみへび座
果てははえ座などまである
なめくじ座があってもおかしくない
地上の世界での美醜が
天界で問われることはない
大切なのは
そこに辿り着こうとする意志のみ
もしかしたら
満天の綺羅星たちもかつては
そのように昇っていった
地上の嫌われ者たちなのかもしれない
ぼくは起き上がると窓を開け
夜空を見上げた
すると頭上の暗い天蓋には
銀色の天の川がひとすじ
淡くぬめぬめと光りながら
地平線の彼方へと伸びていた
(MY DEAR 312号投稿作)
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