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(詩)青空

青空 

澄み切った青空の下
日の光が降り注ぐ
蜜柑畑におれは生まれた

蜜柑の葉に産みつけられた
小さな卵から孵ったおれは
旺盛な食欲で
緑の葉を食べながら育った

だがおれは
醜い芋虫であることが
いつも不満だった
鳥の糞のような体色で
外敵の襲来に怯えながら
這い回ることしかできない
みじめな生活

ただ一つの希望は
時が来ればこんなおれも
美しい蝶になって
あたりを自由に飛び回り
色とりどりの花の蜜を
優雅に吸うことができるということ

その日が来るのを夢見ては
蜜柑の葉陰から
青空を見上げていた

四回目の脱皮が終わり
おれの身体は大きく緑色になった
おれが生まれ変わる日
この地上を離れ
あの青空に羽ばたく日も近い

おれは期待に満ちて
さらに葉を貪った
ある日おれの上を
小さな黒い影がよぎったが
気にも留めなかった

だがその日以来
おれの身体には
別のいのちが宿るようになった
あの黒い羽虫が
卵を産みつけたのだ
ほんのわずかの間に
百の卵を

そこから孵った百の蛆が
百の口で
おれを内側から喰いはじめた
奴らは持って生まれた悪魔的な知恵で
生かさぬよう殺さぬよう
おれの身体を喰い進む

おれは最後の力を振り絞って
蜜柑の枝に身体を固定した
表皮が硬くなり
ようやく蛹になることができた

しかしおれがここから出ることはない
この硬い外皮がおれの棺となり
奴らのゆりかごとなるのだ

だが奴らを責められるだろうか
奴らもまた 訳も分からぬまま
この複雑な世界に放り出され
与えられた環境で
必死に生きているだけなのだから

奴らと同じ食欲をもって
おれも蜜柑の葉を貪った
この樹にとっては
おれが悪魔で奴らが天使なのだろう

この蛆たちはおれの鬼子
だが鬼子でも
子どもには違いない
ならばおれも親らしく
わが子を祝福して死のうじゃないか
しっかり食べて
りっぱな親虫になれと

この残酷な世界では
いのちの犠牲を通してしか
いのちは受け継がれないのだから

明日 蜜柑畑の上に
太陽が高く昇るころ
百のやどり蜂の群れが
おれの亡骸から翔び立つ

おれがあんなにも憧れていた青空へ

(MY DEAR 324号投稿作)


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