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(詩)驚異の螺旋

驚異の螺旋 

都心にある商業施設の一階
殺風景な通路を歩いていたぼくは
通路沿いにある小さな店に目を留めた
それはよくあるアクセサリーショップではなく
鉱石や化石の販売店だった

物珍しさに思わず足を止めたぼくは
店内に吸い込まれるように入り
陳列された商品に見入った
色とりどりの鉱石標本も美しかったが
ぼくの関心を惹いたのは
大小さまざまな化石だった

太古の昔に絶滅した
魚やウミユリや三葉虫などが
ケースに収められて並んでいる
超近代的な大都会のただ中で
そこだけ数億年前の時が流れている
不思議な空間だった

中でもぼくが目を奪われたのは
アンモナイトの化石だった
大理石のように艶やかな表面
美しい渦巻きの形
値段も思ったほど高くない
ぼくはその化石を購入し
二十一世紀の雑踏へと戻っていった

その化石は今
書斎の机の上にある
説明書によるとこの個体は
約一億年前
白亜紀前期のものだという

化石の長径は四センチほど
つややかな褐色の表面には
工芸品のような繊細な縞があり
ところどころ
螺鈿のような光沢を帯びている

だが何と言っても特徴的なのは
その美しい螺旋のフォルムだ

アンモナイトの造り出す螺旋は
対数螺旋と呼ばれるもので
どんな倍率で拡大縮小しても
回転すれば元の形と一致する
スイスの数学者ベルヌーイをして
Spira mirabilis(驚異の螺旋)
と言わしめた形を持つ
大自然の芸術品

仕事や人生に行き詰まると
ぼくはこの化石を手に取って眺め
この生き物が
白亜紀の温かい海の中を
ゆらゆらと泳いでいる様を想像する

人生百年としても
一億年はその百万倍
人が一生をかけて取り組む大事業も
この老練な時間旅行者タイムトラベラーにとっては
瞬時に通り過ぎる幻影に過ぎない

次に
この渦巻きを
銀河系の大きさにまで拡大してみる

(渦巻銀河もまた
 対数螺旋の形をしているのだ)

ぼくたちの住んでいる天の川銀河は
直径十万光年
その中の塵の一粒にも満たない
小さな惑星の上で
ぼくたちは悩んだり争ったりしている

掌に収まる
螺旋形の時空航行機は
ぼくを乗せて
無限大と無限小
過去と未来を結ぶ線上を進む
どこまでも……

やがて我に返ると
ぼくはひとり書斎の中
渦巻形の化石は
元のケースに収まっている

手に持っていたケースを机に戻し
満ち足りた気持ちで
仕事に取り掛かる

この世界の大きさの中では
人間存在の悩みなど取るに足らない
だが永遠の中のこの刹那
銀河の片隅のこの星の上こそが
この自分に与えられた居場所でもある

一億年前に石と化した
ちっぽけな軟体動物は
こんなふうにして
宇宙の現実の中で
ぼくが占める正当な立ち位置を
教えてくれる気がするのだ

(MY DEAR 311号投稿作・改訂版)


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