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(詩)海になるとき

海になるとき 

どこまでも広がる穏やかな海 その上を
ぼくと家族を乗せた白い船は
滑るように進んでいく
頭上には抜けるような青空
船の後ろには一条の白い航跡
はるか遠くには雪を戴く富士
そして前方にはブルーブラックの


天から恵みの雨が降ってきて
土にしみ込み 地の下に潜り
小さな湧き水となる
やがてそれは川となって流れ
田畑を潤し作物を育て
人間の生活を支える
 
人はきれいな水を川から汲んできて
それを汚れた水に変え 川に流す
彼らはその営みを
「文明」とか「生活」と呼ぶ

人は自分を浄めるために
水を汚す
汚れたものは何でも水に流すのが
人間の十八番おはこ
汚れた水は川に捨てられ
やがて海に流れ込む

海はそのすべてを受け入れる

照りつける陽射しを受けて
海面うなもから立ち上る蒸気は
透明で純粋
すべての汚れをあとに残して
天に逃れゆく

天は汚れなきものしか受け取らない

だが海は
すべてを受け入れ
すべてを許す
太古の昔から存在する
この大水の中には
美と醜
平和と暴力
生と死
そのすべてがある

すべてのいのちは
海から来た
だから海は
すべての喜びと
そして何より悲しみの母だ
海の水が塩辛いのは
これまで流されたすべての涙が
とけているからかもしれない

あの澄み切った青空よりも
暗く苦み走った海の方が
ぼくは好きだ



やがて船のエンジンは停止し
舷側に立った妻と子どもたちが
用意した花びらを
濃紺色の海面うなもに散らし
次いでぼくの骨を撒く

一握の白い粉となったぼくは
この海にとけ込み
混じりあい拡散する

そしてぼくが
ついには海そのものになるとき
世界の喜びも悲しみも
あまねく受け入れよう

(MY DEAR 313号投稿作・改訂済)

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