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人と人を繋ぐのはアルコールかSNSか

お酒を呑む若者が減ってきているという記事を読んだ
 
バーのオーナーであるその人は
実際に来店しノンアルコールを注文した若者に
何故お酒を飲まないのかを聞いたところ
 
【飲まなくても楽しい】(=飲む必要がない)
 
といった答えが大半を占めたという
 
 
お酒は古来から
他者との関係を深めるために使われてきたツール
 

お酒を酌み交わすことで
気持ちが緩み
気分が高揚し
いつもは話せないこともオープンマインドで
話せるようになる
と言った利点を含んでいる
 
(実際アーユルヴェーダでも上記の効果が期待されるため適量であれば飲んでいいよとされている)
 
 
それがSNSの普及と共に
直接相手と会わずとも
投稿を見ることで
その人がどんな人かを知ることができ
 
また自分の好きな時に話したい人を選び
好きな話題を自分のペースで話せることができる
 
飲み会に行き
相手を気遣いながら話すよりも
ネットで気軽な交流を好む人が多いのでは
 
という大学教授の分析と見解も面白い

 
 
私はどこまでも現場主義
 
文字よりも言葉だし
言葉より会って話すことに重きを置く
土臭さは今の時代でも変わらない
 
 
だからSNSの投稿で
どこまで相手を理解することができるのだろうなんて
考えてしまう(散々使っといて)
 
 

写真は一画角しか捉えられないし
 
ことばは氷山の一角だと思っている
 
 
 
景色は見渡す限り365度
上も下も広がっているものだし
 
ことばは
知識や経験、見てきたものなどの集結された究極体
ましてそれが文字となると
何度も修正が効くし
磨かれたダイヤモンドのようなもの
 

実際会って話をして
そのことばの意味を聞くと
文章では表現できない
その人のオーラやみなぎるエネルギー
顔の表情や微細な動きの中で
言葉にできない深い理解を得ることができる
 
 
何よりフィールドワークの繋がりは深いと
実感している
同じ時間に
同じ空間で
同じアルコール飲料を飲み
同じものを食べる

気分は高揚し
どうでも良い会話の中から
その人が普段話さない心の奥のドアが開く

それが
その人の生きてきた中で見てきた世界だったり
いろんな考えの集約の中で出た答えだったりして 

意外な一面を垣間見れると
またその人を好きになる

言葉だけじゃなくて
例えばお店選びから私はとても考えるタイプで
一緒の時間を過ごす人の
好きな雰囲気や
空間・食事や音楽
会話の内容やボリューム

そういったものをトータルで捉え
自分と結合させお店を選ぶ

それがね
楽しいのよ笑


単純に人と飲みに行って話をするのが
好きな奴ってことか。


もしアルコール離れの若者がそれらの時間を無駄だと思うなら
”無駄を愛す”
ことが人生の中であっても良いんじゃないかな。

もし無駄だと思う時間の中に人生を覆すシーンがあったら?
つまらないと思って参加した飲み会の中に
忘れられない言葉が降り注がれたら?
酔っ払った人が思いがけない人を呼び出したら?

そんなミラクルがお酒の席では起こったりもする
楽しい無駄な時間です。(無駄って言うた)


 
そんなことを
酒離れを紐解く話題から気付かされる
 

たかがお酒
されどお酒

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