中島敦「狐憑」(こひょう)を国語の授業風に読む #4 精読 展開部後半
このシリーズでは、国語の授業のように丁寧に作品を読み深めながら、1人で読書しただけでは気づかない作品の良さを知ることを目指しています。授業風ということもあり、長さは適量でカットし、深めたい人は参考文献を見てさらに深めてほしいという形をとりますので、物足りなさを感じたらぜひ参考文献類も確認してみてください。この記事は#4ですので、最初から読みたいという方は#1からご覧ください。
今回も精読ということで、範読で捉えた全体像を意識しながら細部の表現や仕掛けを読み解いていきます。展開部以降では主に、登場人物に関する新しい情報、事件の展開、文体や表現の成立に関する部分を丁寧に読み解くと見えてくることが多いです。ということで、それぞれの観点で考察をしていきましょう。展開部の後半(第8段落~第12段落)を読んでいきましょう。その前に前回の
前回のまとめ
第4〜7段落
[登場人物に関する新しい情報]
シャクには弟がいた。その弟のデックが戦死したことで、シャクに憑きものがした。
[事件の展開]
憑きものがしたシャクは、デックの右手、デック本人と、他の憑きものがした例と違わない様子だった。しかし、次第に、シャクと関係のないものの言葉を語るようになる。
[文体や表現の成立]
事件の結末を知る者の視点は継続している。抽象から具体という論理的な文章構成をなしている語り手。
今回の課題は読み物ベースで、大事なところだけそれぞれ考える課題となっているので、その都度考えてみてください。
第8段落
[事件]
人々は珍しがってシャクの譫言を聞きに来た。
①自分と関係のないものが憑いたから。
②種々雑多ものがシャク1人についたから。
③とはいえ、まだ「譫言」であって物珍しいという新奇さで人が集まっていた。
[事件]、[人物]、[文体]
おかしいのは、シャクの方でも(あるいは、シャクに宿る霊どもの方でも)多くの聞き手を期待するようになったことである。
①「譫言」を言っているだけのはずなのに。
②憑きものがしただけのはずなのに。
③語り手も、憑きものがした人の譫言として( )で補足している。
④シャクか、霊かどちらが望んでいるかは別として、聞き手を求めるようになった。
→ただ憑きものがして、譫言を述べているわけではない??
[文体]
シャクの聴衆は次第に増えていった
①ここで初めて「聴衆」という言葉が使われる。
②直前の聞き手という表現を受けたもの。
③人々→聴衆という扱いの変化。
[事件]、[人物]
あれはシャクが考えてしゃべっているのではないかと。
①聴衆の中に、憑きものがしたわけではないと理解した者もでてきた。
→今までは「憑きものがした」として解釈されていたことからの変化。
②現代なら、詩人や作家と呼ばれる存在。
第9段落
課題 この段落は今までの語り手とは少し異なるところがあります。どのような点で今までの語り手と異なるか考えみましょう。
[文体]
なるほど、そう言えば、普通憑きもののした人間は、もっと恍惚とした忘我の状態でしゃべるものである。シャクの態度にはあまり狂気じみたところがないし、その話は条理が立ち過ぎている。少し変だぞ、という者がふえてきた。
―――
解説
今まで語り手は事件の結末を知り全体像を捉えるような視点で語っていた。
しかし、この段落では第1段落のような当時的な視点が強くなっている。
次の段落と比べた時に、特に際立つので、第10段落も同じ課題で取り組んでみましょう。
第10段落
課題 この段落は今までの語り手とは少し異なるところがあります。どのような点で今までの語り手と異なるか考えみましょう。
―――
解説
本題に入る前に、この段落は押さえるべき記述が多いので、まずは1つ1つ拾ってみましょう。
[人物][事件]
なぜじぶんはこんな奇妙なしぐさを幾月にもわたって続けて、なお、倦まないのか、自分でもわからぬゆえ、やはりこれは一種の憑きもののせいと考えていいのではないかと思っている。
①「倦まない」:飽きない理由がわからない。
→自分の意志でしている行為なら、飽きるはずなのに飽きないのはおかしい。
②通常の「憑きもの」とは異なることはシャク自身も自覚はしている。
③ただ説明がつかないから、「憑きもの」と解釈するしかない。
④「詩人」や「作家」という概念がないから、シャクのしている行為が「創作」と認識できない。
このように、この段落ではこの作品の舞台を意識した記述が多いので、丁寧に押さえていく必要があります。この作品の舞台は何だったでしょうか? いきなり答えは言わずに他の記述も見てみましょう。
[事件][人物]
しかし、これが元来空想的な傾向をもつシャクに、自己の想像をもって自分以外のものに乗り移ることのおもしろさを教えた。
①「これ」=「弟の死を悲しみ、その首や手の行方を憤ろしく思い描いているうちに、つい、妙なことを口走ってしまった」
→「つい、口走ってしまった」とあるように、最初から「憑きもの」ではなく自分の意志で創作していた。
②「元来空想的な傾向」=今まで平凡さを強調されていたシャクの特異性。
→元々、創作に向いた性質を有していた。
③「自己の想像をもって」=「想像」と明言されており、やはり創作していた。
④「おもしろさを教えた」=創作の面白さを感じ始めている。
→次の文における。「聴衆」の反応により加速度的に創作に対する面白さを理解する。
ここで、憑きものが原因ではないということが明言されます。しかも、明らかに「詩人」や「作家」の行う「創作」という行為を知っている人物が語っており、今までよりも明らかに時代が新しい、当時的ではない人物が語っています。
さらに、この語り手はシャクの成長を細かく描写していきます。
[人物]、[文体]
・「自分の物語」
・「空想物語の構成」
・「想像による情景描写はますます生彩」
[人物]=シャクの創作の練度が高まっている。
[文体]=「創作」とは何であるか、上手な作品とはどのようなものであるかを理解している語り手。
ここでも明らかに、創作を理解する語り手が出てきており、少なくともホメロスのような詩人が登場した後の時代の語り手であることがわかります。
課題の答えとしては、「創作を理解する語り手が出てきており、少なくともホメロスのような詩人が登場した後の時代の語り手」ということになります。
このような視点を持つ語り手はさらにその視点から物語の核心に触れます。
[人物]、[事件]、[文体]
ただし、こうして次から次へと故知らず生み出されてくる言葉どもをのちのちまでも伝えるべき文字という道具があってもいいはずだということに、彼はまだ思い至らない。今、自分の演じている役割が、後世どんな名前で呼ばれるかということも、もちろん知るはずがない。
①「文字」を知っている語り手。
→無文字社会が舞台なので、「文字」を知らないのは当たり前だが、無いことを知っており、やはり語り手は当時的ではなく、文字社会になって以降の人物。
②「詩人」や「作家」など創作を生業とする存在を知っている語り手。
→やはり事件の顛末を知り、詩人や作家が存在するような時代の語り手。
③後世の視点から見ても「詩人」あるいは「作家」と呼べるような逸材だったシャク。
無文字社会という時代背景を理解して、しかも「詩人」や「作家」をよく知り、シャクをそれらに認定することができる見識を持つ語り手ということがここでわかり、しかも完全に「憑きもの」ではなかったと語り手は気づいているわけです。
語り手が「憑きもの」ではないということを断言できるのは「文字」を知り、「詩人」を知っているからであり、聴衆はもちろんのことシャク自身もその概念がない社会で生きるネウリ族の人々では到達しえない認識で今回の事件を捉えている語り手。
第11段落
課題 第10段落においてシャクを「詩人」や「作家」と認定したことを受けたような表現がいくつか見えます。それらを見つけて指摘してみましょう。
―――
解説
・「シャクの物語がどうやら彼の作為らしい」
・「シャクの作り話」
・「彼らもまた作者と同様の考え方」など
特に最後の「作者」という言葉がポイントです。「詩人」や「作家」と認定しきったからこそ、「作者」と断定しているわけです。
しかしながら、「生来凡庸」と呼ばれているように、創作能力の高さの基盤となった「元来空想的な傾向」は聴衆にとっては凡庸以外の何者でもなかったということです。最終段落は説明のみなので、最後までしっかり読みきってみましょう。
第12段落
[事件]
若い者たちがシャクの話に聞きほれて仕事を怠るのを見て、部落の長老連が苦い顔をした。
①若い者たちがシャクの聴衆だった。
②長老たちは否定的だった。
→若い者たちが仕事を怠るから。
[事件]
シャクのような男が出たのは不吉の兆しである。
①「憑きもの」が原因なら「前代未聞」なものであるから。
②「憑きもの」が原因でないとしても「いまだかつて見たことがない」から。
→同じ理由であり、場合分けしているようで実はしていない。
→論理的に見えて実は全く論理的ではない。
③どちらにしても「自然に悖る不吉なこと」として排斥しようとした。
④この説を提唱した長老が最も有力な家柄の者だったので、全長老の支持を得た。
→ここでも「有力な家柄」という理由で論理的ではない。
⑤「不吉な兆し」ということで「ひそかにシャクの排斥を企んだ」。
→全長老たちが感じていたことはそもそも若い者たちが仕事を怠るからシャクの存在を否定的に捉えていた。
→本当の理由ではなく別の理由を立てている。
第12段落は長老達という新たな人物が登場している。第11段落の最後で、シャクが創作した作品が示されており、初期よりもシャクの創作の腕前が熟達しつつあることが読み取れる。詩人として影響力を持ち始めたからこそ第12段落でシャクを否定的に捉える存在が登場する。
ただ、そのような否定的な存在である長老達は「不吉なこと」という建前の理由を作り排斥を企て始める。
今回の内容は以上です。
短いながら、事件に大きな影響を与える段落が多かったので、改めて丁寧に読み返してみると色々見えてくる者です。次回までの課題は特にないですが、ぜひ読み直して内容理解を深めておいてください。次回はいよいよ物語のクライマックスを含む部分なので、より頭を働かせて読めるように準備をしておいてください。次回の更新は、8月7日の予定です。
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