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夏目漱石『夢十夜』を国語の授業風に読む #4 精読 (全5回) 読むシリーズ第2弾

 このシリーズでは、国語の授業のように丁寧に作品を読み深めながら、1人で読書しただけでは気づかない作品の良さを知ることを目指しています。授業風ということもあり、長さは適量でカットし、深めたい人は参考文献を見てさらに深めてほしいという形をとりますので、物足りなさを感じたらぜひ参考文献類も確認してみてください。
今回は精読ということで、前回捉えた全体像を意識しながら細部の表現や仕掛けを読み解いていきます。導入部では主に、時、場所、登場人物、事件設定に関する部分を丁寧に読み解くと見えてくることが多いです。ということで、それぞれの観点で考察をしていきます。丁寧に展開部〜山場の部(第➓段落〜第⓬段落)を中心に全体的に読んでいきましょう。

今回も課題を先に出しますので、課題を念頭におきながら第➓段落〜第⓬段落の形象を読み解いて行きましょう。

課題
①「自分」と「女」の会話及び、「自分」と百合の花に関する描写から考えて、「女」は約束を果たし、二人は本当に再会することができたかを文章に根拠を求めて検討しましょう。その上で、②その検討した結末にすることで作者はどのような主題を描こうとしたかを考えてみましょう。

考えるためのヒント
・この作品の結末を明確なハッピーエンドとする評価と、明確にはハッピーエンドではないとする評価がありますが、どちらに感じましたか。
・「百合」とは何を表していると思いますか。
・「自分」が百年経ったと思った理由は何だと思いますか。


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解説
第➓段落
・自分はこう云う風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日をいくつか見たか分らない。勘定しても、勘定しても、しつくせない程赤い日が頭の上を通り越して行った。それでも百年がまだ来ない。
①百年ということは、単純に計算しても36500日以上あり、勘定し尽くせないのは当然のこと。
②女がためらっていた理由。
③主人公も分かっていたはずだが、予想以上に大変なものだった。

・しまいには、苔の生えた丸い石を眺めて、自分は女に欺されたのではなかろうかと思い出した。
①「丸い墓石」を見ていたが、ここでは「苔の生えた丸い石」になっている。
→(同じものを見ているとしたら)時間経過で墓石に苔が生えたから?
→(異なるものを見ているとしたら)墓石を見続けるのに飽きたから?
②どちらにしても膨大な時間が経過しており、女に欺されたと不満を抱いている。

第➓段落になると、長い時間の経過が描かれており主人公の女に対する不満が示されています。

第⓫段落
・すると石の下から斜に自分の方へ向いて青い茎が伸びて来た。
①女に不満を抱いていると。
②不満が出るほど長い時間が経過すると。
③ずっと眺めていた墓石の下から、青い茎が伸びて来た。

・見る間に長くなって丁度自分の胸のあたりまで来て留まった。
①目の前で急速に成長している。
②時間の流れ方が現実的ではない。
→夢だからこそ。
③地面に座っている人の胸の辺り。40〜60cmくらい?

・と思うと、すらりと揺ぐ茎の頂に、心持首を傾けていた細長い一輪の蕾が、ふっくらと瓣を開いた。
①「心持」=主観的に見て。微かに。
②開花についてもやはり長い時間の出来事が瞬間的に描かれている。
③「ふっくらと」=柔らかくふくらんでいる様。
→小ぶりの花ではなくそれなりに大きい花。

・真白な百合が鼻の先で骨に徹える程匂った。
①「真白な百合」とここで初めて百合の花だとわかる。
②「真白」=純潔、清廉なイメージ。
→マリアのイメージの花でもある。
③「骨に徹える」=匂いが骨に徹えるという特殊な表現。
→それほど匂いが強烈?
→ただの百合ではないという印象を与える?

・そこへ遥の上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。
①「遥の上」=空? 大きな木の葉?
②「自分の重みで」=やはりそれなりに大きさがある花。

・自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花瓣に接吻した。
①百合の花瓣に接吻する。
→愛おしいから。
→敬愛の情を込めて。
②「冷たい露」に濡れて愛おしく感じた。
→長い時間墓石を見続けて退屈な状況にあった主人公に新鮮な刺激を与えてくれた百合への感謝の気持ち。
→百合を女の生まれ変わりと理解し、約束を果たした百合への感謝の気持ち。

・自分が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いていた。
①近景から遠景へ。
②「暁の星」=明け方の空でも見えるほど明るい星。
→星の欠片以外での星のイメージ。
→夜空のイメージがやはり重要。

第⓫段落では、百合が生えてきて主人公が百合に接吻をするシーンがあります。この百合についてどう解釈するかが物語の結末を読み解くために重要になります。
女はきっと約束を果たす、あるいは何らかの兆候が描かれると期待して読んでいると、百合は女とすぐに理解すると思います。ただ一方で、死を超えて約束を果たすというのは難しいと考えていると百合は退屈を紛らしてくれたもので女と関係なく解釈することもありえます。前者と解釈すれば、第⓬段落の「百年はもう来ていたんだな」という言葉は女との再会に喜ぶ主人公の姿が浮かび上がるようになっており、ハッピーエンドということになります。信じることで救われるではないですが、人を信じ忍耐強く待つことが一つの幸福へと繋がるという主題が1つ見えてきます。一方で、女自身はやってこなかったという点に注目すれば、百合=女という説であってもバッドエンドのような理解も可能となります。死を超えることはできない、大きな人生の断絶であり、花はその断絶による冷酷さを緩和してくれた不幸中の幸いという解釈もできます。
どちらに解釈しても、人とのつながりが自身の人生に影響を与えるものであるというテーマは見えてくる作品でもあり、多様な主題を読み解くことができるのがこの作品の良いところと言えます。
本日も長い読みものが続きましたが、お疲れ様でした。次回はいよいよ最終回になります。参考文献も次回の記事に載せますのでお楽しみに。次回の更新予定は1週間後の9月4日(土)です。


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