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夏目漱石『夢十夜』を国語の授業風に読む #2 精読 (全5回) 読むシリーズ第2弾

 このシリーズでは、国語の授業のように丁寧に作品を読み深めながら、1人で読書しただけでは気づかない作品の良さを知ることを目指しています。授業風ということもあり、長さは適量でカットし、深めたい人は参考文献を見てさらに深めてほしいという形をとりますので、物足りなさを感じたらぜひ参考文献類も確認してみてください。
 今回は精読ということで、前回捉えた全体像を意識しながら細部の表現や仕掛けを読み解いていきます。導入部では主に、時、場所、登場人物、事件設定に関する部分を丁寧に読み解くと見えてくることが多いです。ということで、それぞれの観点で考察をしていきます。丁寧に導入部(第❶段落)を中心に全体的に読んでいきましょう。

導入部
時 「第一夜」というタイトルから夜
場所 夢の世界、日本? 
登場人物 こんな夢を見た。
→主語がない。
→一人称小説。
事件設定 こんな夢を見た。
→夢の中の話。
→一人称小説。
→主観的な描写が多くなりやすい。

たった1行しかない導入部ですが、意外と読める要素があります。
このような読みの中で大事な点はやはり夢の中の物語という点です。この作品にはいくつか夢だと思わせる工夫があるので、本日の課題ではその点に注目してもらうものを用意しています。

課題
タイトルや1行目の「こんな夢を見た」という表現から夢をテーマに扱った作品とわかるが、その他に「夢だ」と読者に感じさせる工夫を見つけ、それらによってどのような夢を描こうとしたかを考えてみましょう。
(思いつかなかった方向けに今回はヒントがあるので、そちらも読んで考えてみましょう)

考えるためのヒント
・夢の特徴とはどのようなものか。
・夢を見ているとき、夢だと感じた瞬間があればそれはどんな時か。
・夢の中の話は支離滅裂なことがあると言われるが、論理的に矛盾する箇所が本文中にあるか。


―――
解説
抽象的にまとめると、

一人称中心の語りの中に三人称視点のような確信を持った語りが出てくる夢であると共に、この世と他界を行き来するような印象を与える夢となっている。

となります。

特に鍵になるのは語りの人称、及び生死の間にいるかのような印象がポイントになります。
まずは語りについてですが、全体的には一人称小説です。しかし、第❷段落において、「到底死にそうには見えない。然し女は静かな色で、もう死にますと判然云った。自分も確かにこれは死ぬなと思った」と「確かに」と簡単に確信を持って女の死を断定しています。その前は「死ぬ」と思っていないと言っているにもかかわらず、女性の発言を聞いて即座に判断を翻している。ただその後も主観的には女の死を信じられないような発言が、第❸段落「これでも死ぬのかと思った」や第❹段落「どうしても死ぬのかなと思った」という形で出てきており、「確かに」という確信だけは浮いているような印象になっています。むしろなぜその段階だけ確信を持てたのかと思わせます。
第⓫段落の百合に関して、「すらりと」「傾けていた」「動いた」など擬人的な語りがなされています。一人称小説なら観察結果から少しずつ「百合=女」という判断を成すならわかりますが、ここでは冒頭から「百合=女」という確信があるような文体となっています。このような根拠のない確信のようなものがあり、語られている箇所があるという点が夢らしさとも言えます。

また、死の淵に立つ女性の黒い瞳が主人公の姿を映し出しており、眼が鏡のように機能しています。第❷段落「その真黒な眸の奥に、自分の姿が鮮に浮かんでいる」とあるように、まさに鏡のように描かれています。この鏡のように主人公を写す眼は第❺段落において「すると、黒い眸のなかに鮮に見えた自分の姿が、ぼうっと崩れて来た」という形で出てきます。ここで写された主人公の姿は崩れ去っており、女ではなく主人公がむしろ死を迎えてしまったのかと思わせるような倒錯があります。そのような論理的ではない倒錯が起きている状況も夢らしさと言えます。しかも主人公が死に触れてしまったような、彼岸に一時的に渡ってしまったような、他界へと渡ることを主眼とした夢とも言えます。

このような重いテーマ性を持つ夢を夢らしく描いているのがこの作品の特徴と言えます。少し複雑な内容ですが、今日はここまでです。次回は展開部と山場の部の内容を整理しながら、夢について深読みを進めていきたいと思います。
次回の更新予定は8月21日です。

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