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『ガリヴァー旅行記』の魅力

 今回はとある大学の授業のTAとして、『ガリヴァー旅行記』の魅力について簡単に語った時の文章の一部です。意外と若い時に書いたなりにはまとまっているので、記事にしてみました。ちょっと衒学的な雰囲気もあって、当時らしいかなと思っています。なお、見出しのイラストはRichard Redgraveの Gulliver Exhibited to the Brobdingnag Farmer (1836)というイラストで、巨人の国に関するイラストで有名なものの一つです。

 『ガリヴァー旅行記』について授業の際にきっと次のような特徴を耳にしたと思われる。「風刺文学であり、大人向けの作品でもある」と。ところで、イギリス文学と日本文学の関係性を考えてみると、例えば夏目漱石などが思い浮かぶのではないだろうか。夏目漱石の作品の中には当時流行していたラファエロ前派の絵画作品が登場しておりイギリスの文化に心酔していたことがわかる。また、チャールズ・ディケンズを挙げれば、『クリスマス・キャロル』によって現代の日本人にまで影響を与えている。では、スウィフトは?『ガリヴァー旅行記』は?ということになるわけだが、絵本や児童文学の世界に留まっているような印象を与える。『クリスマス・キャロル』のように子供から大人まで愛好している状況にないのであれば夏目漱石のように影響を受けた日本人の作家はいないのかということになるが、すぐに思いつくならばこのような話をする必要性はないわけである。
 だが、誰もが知っている作家で18世紀のイギリス文学の影響を受け、しかもその中でもスウィフトの影響を多大に受けた人物がいる。そういえば、その人に関係する文学賞をとある芸人が受賞していたことが思い出されるわけであるが。ここまで言えば言わずもがなであるが、スウィフトの影響を多大に受けた作家は芥川龍之介である。あまり知られていないことであるが、彼は東京帝国大学文学部に入学し、英文学を学んでいる。そのような学歴により、芥川の作品には英文学の作品の影響が見られる。例えば、芥川の作品には風刺や皮肉という技法が多く取り入れられており、その技法はスウィフトの作品から摂取したものであると指摘されている。実際、芥川の読書暦を見てみると『ガリヴァー旅行記』を読んでいることは明白であり、しかも「芥川龍之介との一時間」と題される対談の中で、「あの書物は昔から好きです。アレは何度讀むか分らない位讀むです(ママ)」と発言するほど愛読していた。そのような作品を読んでから芥川の作品を読むのと、そうでない状態で読むのとではやはり感じ方は異なってくるであろう。ちょうど夏休みという、まとまって読書を行うことができる時期が来たわけであり、この授業で読んだ原書の『ガリヴァー旅行記』の感覚が新しいうちに芥川の作品を読んでみると、また新しい感想が想起されるかもしれない。そのような感想の想起こそ、この授業の醍醐味の1つではないだろうか。しかしながら無数にある芥川の作品を闇雲に読めと無責任に言っても仕方ないので、おすすめの作品を挙げる。その作品は『河童』である。この作品は『ガリヴァー旅行記』を元にして作られた作品と指摘されており、まさにこの授業での経験が大いに資する作品と言えよう。
 このように、『ガリヴァー旅行記』は、近現代の日本文学を観賞する際の新しい鏡の1つであるというのが編者の『ガリヴァー旅行記』論である。とはいえ高らかに語っているが、このような論に達したのも最近のことである。このような視点を見出したのは編者が専門としているラザフォード・オールコックの研究をしている際に、芥川と関係があることを知ったからである。卒業論文のときから研究しているが調べれば調べるほど分からないことが出てくるものであり、研究とは終わりのないものなんだなあとしみじみと感じるものである。とはいえ、何も進まないかと言えば進まないわけではない。現に、新しい視点や研究すべき対象が見えてくるわけであり、そのような進歩の断片や一端を論文や発表で記していくのが研究者の活動なのかと好意的に捉えられるようにもなった。1つの視点を探求する中で見えてきた視点も活かしていくというのが大切な姿勢なのであろう。この授業の受講者の多くは2年生以上であると思うので、卒業論文と言う探究の機会が迫っているわけである。1つの視点を探求することで、物事の見え方が変わるということが何となく伝えられたのであれば良いのだが、拙いところもあったと思うので、改めて言い直そう。卒業論文は自身の設定したテーマという1つの物事を探求する機会である。その機会を活かすも殺すも本人次第だ。そのような機会において出来る限りの努力をし、見つけだしたものはその後の人生の重要な基盤になってくるであろう。先輩としてこの授業の受講者の卒業論文がそのような有意義なものになることを切に願う。このような叱咤激励のようなもので、TAのエッセーと言うべきか、元受講者のコメントと言うべきか、先輩からのアドバイスと言うべきかは定めにくい編集後記をしめさせてもらう。

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