ひとつのリンゴ
ひとつのリンゴ
あなたは たまたま持っていた果物ナイフで
ほんの少し皮を剥いた
小さな短冊ほどの皮が落ちる
わずかに見えるリンゴの実
薄い黄味を帯びたその実を見せて
リンゴの産地や味の説明をする
しかし
わずかしか見えない そのリンゴの実の色が
見えない部分の色なのだろうか
すでに さっきよりは やや黒ずんでいる
どこか 傷んでいる部分があるかもしれない
どれだけ味の説明をされても
実際に食べなければわからない
食べても 説明通りの味を 感じるのだろうか
わたしが リンゴ嫌いだったら どうするの
そのリンゴの生まれや ここにある理由が
わたしと どんな関係があるのだろう
リンゴは 嫌いでではないけれど
今は 食べたくない
お願いだから 食べろと言わないで
ひとつのリンゴ
あなたが 違うナイフを使ったら
同じナイフでも 違うひとが使ったら
まったく違った切り口になったはず
わたしが リンゴのことを まったく知らなかったら
わたしが リンゴを 見たくもないほど嫌いだったら
あなたは わたしにリンゴを見せないか
説明しないか
違った説明をしたかどうか
小さな短冊ほどの リンゴの皮
変色してゆく リンゴの実
隠れた部分への腐心
あなたは リンゴの話をしたかったの
わたしに リンゴを食べさせたかったの
あなたは ひとつのリンゴの皮を
ほんの少し剥いただけ