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K美とM子~ふたりの上司~
ブラック女上司に屈しなかった私の今
音楽の学校で演奏に明け暮れ、社会人デビューは音楽産業。
しかし、ある事情でその理想の環境をたった数年で失った。
普通の生活さえままならず、生きていく自信はすべて消えた。
何をしても「私、大丈夫かな……」とビクビクしていた私。
そんな中、これまで経験したことのない世界に足を踏み入れることになる。
ひょんなことから、
化粧品メーカーのBA(ビューティーアドバイザー)として
働くことになったのだ。
異業種に飛び込み、出会ったのは対照的なふたりの上司。
そして、その頃言われた言葉が、いまも私を支えている。
私の前に現れた、2人の上司
美容未経験者の私が、なぜ化粧品メーカーとのご縁をいただいたのか?
実は、そのメーカーの商品を長く愛用する一人のお客だった。
アトピー性皮膚炎の悪化と寛解を繰り返しながらも、私はその商品の魅力に救われてきた。
面接でその想いを語ると、包み込むような笑顔で相槌を打ち、
真剣に聞いてくれたのがK美チーフだった。
入社後の初期研修。
決して整った顔立ちではないのに、恐ろしく美人に見える。
圧倒的な話術と、優れたメイクテクニックで研修生を魅了する
M子トレーナー。
しかし「M子’s EYE」は、すでに獲物を品定めするように、
選別を始めていた。
この対照的な2人の上司のもとで、私は失った自信を取り戻そうと
必死で勉強を始める。
しかし、この時すでに、私の苦境は決まっていた。
オリエンテーションで、私はこう語ってしまったのだ。
「K美チーフのように、お客様のお悩みに共感し、
解決に導くBAになりたい」
ブラック上司M子とともに私を追い詰めたもの
私の配属先は、3人体制の小規模の店舗。
店長はK美チーフが店長時代の最後の新人で、
今でも「心の師」と仰いでいる。
現役店長の中では減りつつあったK美チーフ支持派だ。
2番手は、M子トレーナーを目標とし、例えるなら「ガラスの仮面」の
姫川あゆみばりの演技の天才だった。
前職では〇ッセンなど有名画家の絵のレプリカを販売する「絵画商法」で話術を磨き、お客を魅了してきたらしい。
今はお客様を褒めちぎり高額の売上をたてる、M子チルドレンのひとりだ。
「M子トレーナーからじきじきに電話があったの。あなたと年の近い新人が入るけど、未経験者だから色々よろしくねって!」
配属初日、さっそくブラック上司に媚びる先輩から嫌味混じりの洗礼を受ける。
その後も、店長がいない場所では
「さっき、なんであと一押ししなかったの?私なら売れた!」
「何心配してるの?
アンタより、お客様の方がみんなお金持ちなんだから!」
ことあるごとに、本気で「色々よろしく」世話を焼かれた。
店長が休みのある日、2番手の先輩の親しいお客様が来店された。
一度は出直すと言われたものの、先輩はランチ休憩に出たまま2時間近く戻ってこない。
私が対応し、2度も来店させたお詫びに無料のハンドトリートメントを施した。
すると「このハンドクリームいいわね!
あなたの先輩は、この商品教えてくれなかったわよ」と
追加購入されたのだ。
2時間半後、悪びれる様子もなく戻ってきた先輩に、私は重い口を開いた。
「はぁ?私が何年かけて掴んだお客だと思ってんの?
勝手なことしないで!」
火が付いたように怒り、売場でまくしたてる先輩。
しまいには、レジマイナスをして、全て自分の売上に打ちなおした。
普段より3時間も遅いランチ休憩。その大半は、トイレにこもって泣いた。
目が腫れてる!と怒鳴られるかも…とビクビクしながら売場に戻ると、
他店訪問の帰りに立ち寄ってくれたK美チーフの姿があった。
・なぜ、ミスしていないマイナスのレシートが出るのか?
・来店数と売上から、なぜこの時間にランチ休憩をとるのか?
・なぜ新人の目がこんなに腫れているのか?
K美チーフが珍しく詰め寄るも、先輩は何も答えられなかった。
そのうち退勤の時間になり
「残業できる売上ではないので上がります。
今のこと、M子トレーナーに報告しますから!」
と捨てゼリフを吐いて帰っていった。
「いいことも悪いことも、必ず誰かがどこかで見ている!」
らちがあかないわ……
そう言いたげな表情で先輩を見送ったK美チーフは
「さ、邪魔者はいなくなったわよ。
あなたは、ちゃんと正しいことを言いなさい!」
微笑みながらも吸い込まれそうな大きな瞳は、
射るように私を見つめていた。
私は、昼過ぎからの出来事を包み隠さず話した。
途中、判断に迷い先輩に電話するも、折り返しがなかったこと。
新人とはいえ、上顧客のことはカルテを読み込んで頭に入っていたので、
お店のためにどうにか繋ぎ止めたかったこと……それも加えた。
「研修では、
自分の信じた最高のサービスを提供するように学んだわよね?
あなたは、
自分が今できることをどうにかして差し上げたいと思っての
行動だったんでしょう?」
K美チーフの言葉を聞いて
(やっと日本語が通じる人がいた!)
そう思ったら、涙があふれた。売場で泣くなどあってはならないのに。
「泣くならお手洗いでしっかり泣いて戻ってきなさい!」
そう諭され、急いでトイレに駆け込んだ。
涙を拭き売場へ戻って、配属後少し辛かったことをとつとつと話した。
私は経験も少ないし、できることも少ない。
でも、苦しかった今日、ひとつだけ自信を持てたことがある、と。
売上比率が少ないボディケアで、私はお店で一番を目指したい!と小さく宣言した。
まぁ、頼もしい!といたずらっ子のように笑ったK美チーフは
「あなたが頑張れる人だということも、
頑張っている様子も私はわかってるから。
それにね……いいことも悪いことも、必ず誰かがどこかで見ている!
だから、環境に流されて道を間違えないようにね」
今度は、吸い込まれそうな大きな瞳が少し潤んでいるように見えた。
「こっちがわの方があなたのためよ?」という誘惑
数日後、M子トレーナーから名指しで電話があった。
「先輩の売上を取ったらしいわね。あなた、なかなかやるじゃない?」
どこをどう取ったらそんな解釈になるのか……。
「正直、あなたのとこの先輩に期待しすぎてたのよね。
K美チーフを目指しても店長やチーフで終わるわよ?
あなたも私のもとで教育トレーナーを目指せばいいのに!」
こうやってこの人はM子チルドレンを増やしていくのだ。
疎ましい人の周りにいる人間を引き入れるのに、
これっぽっちの罪悪の念もない。
昇進を目指すなら、この ブラック上司の手下になれば
異例の速さでつき進めたかもしれない。
でも、そんなことはさらさら望んでいなかった。
自分の可能性を自分でつぶすような愚かな行為はしたくなかった。
なにより
「環境に流されて道を間違えないようにね」
というK美チーフの言葉が胸に響いていた。
ふたりの上司のその後
ブラック上司M子の派閥は、大きくなるかのように見えて
内部分裂を起こした。
M子トレーナー自身の言動も、教育職として問題視されるようになる。
新人の初期研修を外され、月に一度のスタッフトレーニングも
見学すら許されなくなり、「寿退社」という形で会社を去った。
一方、人望を集めたK美チーフは、本社のトレーナーに昇格した。
私が店長になる時も、私の後輩がチーフになる時も、
K美先生のトレーニングを受けた。
「私、あのK美先生が現場にいらっしゃったときに
面接を受けて入社しました!」
これはちょっとしたステータスだった。
最後に
あのとき、私はブラック上司M子トレーナーに流されなかった。
それは決して楽な道ではなかったし、何度も悔しくて泣いた。
でも今、ホワイト上司K美チーフとともに歩んだ道で掴んだことが、はっきりとわかる。
正しいと思った道を貫くことは、すぐには報われないかもしれない。
汚れた道のほうが、一時的には得をするように見えることもある。
でも、『いいことも悪いことも、必ず誰かがどこかで見ている』
という言葉は、この先何をするにも一生信じ続ける言葉だろう。
他人には見えにくくても、
当の本人である私が一番最初にしっかり見ているのだから。
だから、これからの人生も
「環境に流されて道を間違え」ることのないよう、
自分らしく歩んでいきたい。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
自分らしくゆっくり歩んでいく中での出来事や感じたことを
毎日投稿しています。
いつから、
— みむら@チリツモチャレンジャー (@mimulabo11) January 2, 2025
「文章を書くことが、日常の一部」
になったのだろう?
気づけば、手帳やLINE、そしてここでの投稿まで、
文章が生活に溶け込んでいる。
年末の断捨離で手に取った古いパンフレットが、
「書くきっかけ」について思い出すきっかけをくれた。
私は6歳から電子オルガンを始めた。…
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