まどろすの歌【シロクマ文芸部】
「誕生日?マドロスにはそんなものないのさ」
彼はそういってパイプを口に戻した。
私はひるまずに言った。
「私にはあるわ!私の誕生日は11月11日なの。覚えやすいでしょう?」
彼はパイプを口から離さずに頷いて、目でちょっとだけ笑ってみせたので私は嬉しくなった。
彼は私の誕生日までに会いに来てくれると約束した。
それは半年以上前のことだった。
誕生日までに、だったから誕生日に来るわけじゃない。その前に来てくれるのだろう。
そう思ってずっと待っていた。
海を眺めて彼の船がくるのを待っていた。
彼の船は不思議な月のようなくすんだ黄色をしていた。
でも私の誕生日は過ぎてしまったけれど。彼はこなかった。
多分その約束は空耳だったのだろう。
ううん、彼も、彼の船も私が見た夢だったのだろう。
今時マドロスなんて。
私の自嘲の微笑みを窓からの夜風が吹き消す。
私は手にした萩原朔太郎の詩集「定本青猫」の『まどろすの歌』を口ずさんだ。
(了)
萩原朔太郎が好きなので無理に組み込んでみました(笑)
私の誕生日はゾロ目ですが11月11日ではありません(笑)
*小牧幸助さんの企画に参加しています。
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