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どこかにある商店街【秋ピリカ応募】

和菓子屋さん。
開け放した木枠のガラス戸。薄暗い店内にガラスケース。
中には季節の和菓子が並んでいる。
ケースの上には豆大福。
五月だったら「柏餅ください。草のつぶあんを三つ、白いこしあんを三つ、みそあんを一つ」などと、店番のおばあさんに頼む。
はいはい、とおばあさんがパックに注文の品を入れ、輪ゴムで止めて、店の包装紙でくるりと包んでくれる。ざらりとした紫の紙に店の名前とマークが印刷されている。店の電話番号には市外局番が付いていない。紙の匂いのする紙。わかるでしょ?そういう薄い紙の匂い。

ケーキ屋さん。
先代が急に亡くなったから、やめてしまうのではないかと心配したけど、息子さんが跡をついで今でもバタークリームのケーキが並ぶ。
この値上がりの激しい時代にまだ千円でケーキが三つ買える。
三角のショートケーキ、ごつごつしたアップルパイ、シュークリーム。
白い紙の箱に並んだら、奥さんが四角く切ったブルーの紙を乗せ、ピンクの平たい紐をくるりと十字に結び、金のシールを貼る。そんな箱を受け取ると胸がコトコトする。大切に家に持って帰ろう。紅茶を入れよう。家族で食べよう。誰が何を食べるか決まっている。昔から。

八百屋さんで野菜を買う。
冷蔵もされていない店先にならんだ野菜。
「これください」
ほうれん草を一束手に取って店主に声をかける。
「このままでいいです」
お金を渡し、ほうれん草をそのまま手に持って帰ろうとして新聞紙を渡され、くるりとくるむ。

曲がり角の鯛焼き屋さん。
そこは商店街の裏にあるパンダ公園の入り口だ。
ほかほかのたい焼き。抹茶あんもあるよ。
にこにこ優しいおばさんが、うすい白い紙袋に入れて渡してくれる。
さあ、公園へ行こう!公園で食べよう!

お肉屋さんでも買ったお肉を紙がくるり。
コロッケも紙の袋。でも内側は油がしみない袋。
魚屋さんで買ったお刺身のトレイも縞が透ける薄い緑の紙でくるん。セロテープぺたり。

本屋さん。
文庫にカバーをつけますか?
お願いします。
だってこの本屋さんの紙のカバーの模様が好きだから。
しおりも一枚もらっていいですか?


…こんなの昔の思い出でしょう?
あなたの遠い昔の思い出。

ううん。まだあるよ。ちゃんとある。
こんな商店街。僕の実家がある町に。
今はまだある。
それぞれの包み紙と一緒に。
ただし本屋はなくなった。

あなたは店々が描かれたスケッチブックをぱたんと閉じてふいに言う。
「行く?鯛焼き食べに」
「今から?」
「今から。こんな秋の日に公園で食べる鯛焼きは最高だ」

本当にあるのだろうか?
こんな商店街が。どこかに迷い込まなければ出会えないような店たちが今もまだ。
でも良い。異次元へ迷い込むのだとしても。
こんな気持ちのいい秋の日なんだから。

私たちは商店街を目指す小さな秋の旅に出た。
駅に向かう。
こんな木造の駅だっただろうか?
こんな改札だっただろうか?
こんな電車が走っていただろうか…
商店街への旅は始まっている。


(了)

1195文字

*応募させて頂きます。よろしくお願いします。


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