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『よるの童話』

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心のどこかが疲れた大人(ミモザ)による 同じようにどこかが疲れた大人のための物語集です。
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2024年2月の記事一覧

閏年の王様👑【シロクマ文芸部】

閏年の閏って漢字が急にすごく気にかかった。 門の中に王様がいる! すぐにスマホでググった。 「常の月の一日には宗廟にいる王が、閏月には門の中にいるという、古代の儀礼による字という」(と角川『新字源』に書いてあるらしい) やっぱり王様が門に…王様…王様…私だ… 1月に家でガレットデロワを食べたとき、私が食べた一切れの中にフェーヴが入っていた。小さな王様のフェーヴだった。 ガレットデロワは流行りもの好きのママが、パリで修業したお姉さんが開いた近くのパティスリーで買ってきた。 嫌

まどろむ日傘【コラボ短編】

✨歩行者bさんの俳句からできたお話です 「仁和寺の駅のベンチに寝る日傘」  * * * * * * * どこかでカナカナが鳴いた それで一瞬だけ、すうっと涼しい気がするが 今日も猛暑の一日だった 駅の構内にも線路の上にも熱い空気がよどんでいる そのよどみの中に 何かよどみのないものを感じた なんだろう? 僕はそれをみつけようとして ゆっくりと周りに視線を送る あれだ、あの白いレースの日傘だ 長い木製のベンチの上でまどろんでいる いや、まどろんでなど

花の匂いの道案内【短編】

新しくできた友だちの家に誘われた。 街の図書館で偶然仲良くなった子だ。 めったに友だちの家に誘われない私はとても嬉しくなった。 おまけにその子は明るくておしゃれなとても感じのいい子なのだ。 「うちの住所はヒミツね。案内メールをおくるから」 家を出る直前に届いた道案内は『花の匂いの道案内』と書かれた手書きのメモを写した画像だった。 最寄りの駅を降りて、交番の横の道を曲がった後は 花の匂いが順番に書き込んであって、 最後に自分の家のイラストが描いてあり、 「花の匂いを辿ってきてね

心の中の森の中の小さなおうち

心の中は森のようだ。 森の中はたくさんのいろんな木がぎっしり生えていて 歩いているとほとんどの場所が暗くて寂しくて心細い。 たまに木が途切れて、日のあたる小さな野原があって そこには小さな白や赤の花が咲いている。 小鳥のさえずりも聞こえるし、気持ちのいい風も吹く。 でもまたすぐにフクロウの声しか聞こえない暗い道になる。 どうしたらいいんだろう? どこへ行けばいいんだろう? 私、どこへ行きたいんだっけ? 「これ、あげます。 少しスペースがあったら、そこに投げてください」 目の

梅の花と手品【梅の花・続編】

梅の花を見ようと夕暮れの公園を一人で歩きに行ったとき、年老いた手品師と出会った。あるいは夕暮れゆえ、古い梅の木を人と見間違えたのかもしれない。 とにかく私は一本の、梅の枝を受け取った。 見たことのないほどの美しさを放つ紅梅と白梅が、一輪ずつ咲いている枝だった。 それを家に持ち帰った私はすぐに水に差し、寝室のサイドテーブルに置いた。部屋は梅の香りで満たされた。 その香りの中で眠った私は夢を見た。一晩中いくつもの夢を見て、翌朝目覚めた時は不思議な心持ちだった。はっきりした夢を見て

二月の夕暮れの老マジシャン【シロクマ文芸部】

梅の花が咲く夕暮れの公園を歩いていた。 ほのかな梅の匂いが奥へと誘う。 公園の奥にはちょっとした梅園があるのだった。 でももう日が暮れかかっている。私は一人で薄暗い梅園へ進んで行くことを躊躇した。 しかし梅の香りはその躊躇を許さない。私はあきらめて奥へと道を進んだ。 二月の初めだというのにもう梅はほとんど満開だった。 日が沈みかけて辺りが薄青くなった中、白梅も紅梅も咲き誇っている。 白い花びらは少し青めき、赤い花びらは彩度を落とした紅を空に浮かべている。そこはとても静かでた

花模様の秘密のハンカチ

私はいつも公園を散歩する。 広い公園だ。 大きな池も、小さな山もある。 そこを散歩している時間が一番、心が自由だ。 公園には昔はたくさんの野良猫がいたが今はほとんどいない。 猫ボランティアによって管理され、減った。 減ると同時に猫ボランティアも減り、今では少ない猫の元を乳母車を押してまわりエサをやるおばあさん一人だけになった。 おばあさんは「エサ代募金ぼしゅう」という札を乳母車に貼っている。私は時々募金する。ポケットに500円入れて散歩することにしているので、気が向いたとき

キツツキと花模様

「ねぇ、キツツキさん」 下から声がしたのでボクは木をツツくのを止めて首を下に向けた。 女の人がこちらを見上げている。 「なんの用ですか?」 ボクがたずねると 「おうちが欲しいの」 と言われた。 「ボクは大工ではないので無理です。 今、ボクは木には穴をあけているだけで。 エサを探すために」 女の人は首を振った。 「それでいいの。 その穴をひとつ、ちょうだいな。 どうしても、私だけのおうちが欲しいの」 ボクは高い場所から少し下にぱたぱたと降りた。 女の人よりちょっと上の辺りに。

海の底で青写真【シロクマ文芸部】

「青写真というのはサイアノタイプとも言い、鉄の価数が光により変化することを利用して…」 教壇で先生が話す青写真の仕組みは、子守歌となって私の瞼を重くする。 「まずクエン酸鉄アンモニウムとフェリシアン化カリウムを紙に染み込ませ…」 「フェリシアン化カリウムは赤血塩とも言う赤い結晶で…」 クエン酸…鉄…フェリ… 眠りの世界も青い。 海の底だろうか。でも海の底は青いだろうか。 それはイメージなだけではないだろうか。 「そんなことどうでもいいから早く」 だれかに急かされて私は刷毛で