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『よるの童話』

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心のどこかが疲れた大人(ミモザ)による 同じようにどこかが疲れた大人のための物語集です。
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2023年8月の記事一覧

【短編】アリス的な夢を叶えてくれる白いキノコ

山の中で大きな白いキノコを見つけた。 キノコを見つけるとつい「食べられるかな?」と思ってしまう。 昔みた『不思議の国のアリス』で、たしかイモムシがキノコの上にのって、はしっこをちぎって食べていたのがうらやましかった。あんなふうに大きなキノコをちぎって食べてみたい。とてもおいしそうだし、キノコの上に乗っていてお腹が空くとキノコを食べればいいなんて、なんて楽ちんなんだろう。 「ずいぶん怠け者だねえ、この子は」 どこか木の上のほうから声がする。 自分でも怠け者だと自覚しているので特

題名のわからない本を買った話

古本屋で本を買った。美しいラピスラズリ色の表紙に惹かれて買っただけで何が書かれているかなんてまるで興味を持たずに買ってしまった。おかしいな。本っていつもは読みたくて買うのに私はなぜ今日に限ってそんなことをしてしまったのだろう?題名も作者も値段も見ずにレジへ持って行ってしまった。 そしてそれは千円札と引き換えに「ミモザ古書店」のミモザ印の消しゴムハンコが押されたいつもの茶色の紙袋に入れられて手渡された。もし今ばったり友達に会って「なんていう本を買ったの?」と聞かれたら私は真っ赤

黄色い物を持ち寄る夜

今夜は偶数月の満月。黄色い物を持ち寄る夜だ。さあ私は今夜はどんな黄色い物を持って行こう。 本当は決まっている。この二か月ずっと探して用意した。集まるみんな全員きっとおんなじ。はりきって知恵を絞って用意したはずだ。 一番大事なのは招待状。これがないと集まりに参加できない。私は招待状を黄色い花柄の布で作ったバッグに入れる。ちなみにこのバッグは持ち寄る物ではない。持ち寄りのために用意した物はレースのハンカチで包んでバッグに入れる。 私は髪を整えて、可愛い刺繍入りの白いブラウスとス

夜の気球に乗りませんか

僕は最終バスが行ってしまったあとのバス停のベンチに座っていた。バスを逃したのではない。最終バスから降りたけれど家に向かう気力がでなかったのだ。じっとりとした暑さに耐えかねてバス停にある自販機で飲み物を一本買って飲み干し、空になったペットボトルを握りしめて座っていた。 すると目の前の、もう車もほとんど通らない道路にふわっと気球が降りてきた。ほんとうは気球は火をもやすゴーッという音がするものだと思うけど、その気球は音もなくふわっと降りてきた。 だからこれはベンチで眠ってしまった