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関口良雄『昔年の客』夏葉社
一年の始まりにふさわしく、落ち着いた気分で読んだ。布張りの装丁もいい。かなり昔に発行された本を夏葉社が復刊させたらしい。
著者の関口さんという人は、大森で古本屋を営んでいた人で、尾崎士郎や尾崎一雄、上林暁などの作家もその店に顔を出したり、関口さんと個人的に親しかったりしたらしい。そういう作家たちとの思い出話を中心に、素直な調子で綴られた文章が集められている。まさに「古き良き時代」と言いたくなってしまう雰囲気で、登場する人たちも「作家」というより「文士」と呼びたくなる。
関口さんという人は人懐こく、初めて訪ねた作家の家で酒を出されて歌ったり踊ったりするような人だったらしい。(酒の失敗もあったようで、後年は禁酒した。)素直な性格で、作家たちをひたすら尊敬していることがよく伝わってくる。ただ一方でごく普通のお客に対しては、よくある古本屋のおやじのように不愛想だったようだ。ある酒場のオーナーの女性から「以前わたしが店に行ったとき、訊いてもろくに返事しなかった」といまさらのように怒られている。別の話として店に来た女学生について書くときも、「~をおしえてやった」などという言葉遣いがけっこう男尊女卑っぽい。それも含めてあの時代の古本屋の店主なのだろう。
クスリと笑ってしまうエピソードもある。尾崎士郎が臨終のときに、自分が子どもの頃に好きだった歌をそばにいる人に歌ってもらいたがった。でもその人は勘違いして違う歌を歌った。「馬鹿っ。違う…」と言う元気もなく、尾崎は亡くなってしまったとか。(いや、笑いごとじゃないけど、でもおかしい。)
一介の古本屋店主に取って、自分が書いた文章が本になるということは、どんなに嬉しいことだっただろう。関口さんが癌で入院しているとき、家族が病名を隠していたため、彼はベッドで校正しながらもまだ時間があるつもりでじっくり直していたらしい。それでけっきょく生前に本を出すことはできなかったとのこと。その本を、初刊から何十年もたって今度夏葉社が出したということも、この本らしい話のように感じた。