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ミュリエル・スパーク『バン、バン!はい死んだ』木村政則訳、河出書房新社

ミュリエル・スパークは好きな作家。『死を忘れるな』『運転席』『ミス・ブロウディの青春』など、一時はよく英語で読んでいた。特に『運転席』のわけのわからない暗いスピード感にはまった。スコットランドの宗教環境も背景にあるのだろうが、おそろしいほどの暗さ、ドライさだった。

こちらの本は短編ばかり集めたもので、長編と比べてぐっと軽くて楽しいエンターテインメント。とはいえスパークのことだから、毒がたっぷりしみこんでいる。主人公が幽霊で、自分を殺した人間の前にふらりと表れて声をかけたり、やたらとナイスで思いやりがあることを言う友人夫婦が実はエゴイストでそのエゴイズムがやさしい言葉にひそんでいたり、といった具合。とにかくスパークが、女を、男を、人間を見る目が鋭すぎて、皮肉が効きすぎて、わたしは現実世界ではこういう人とはお友達になりたくないなぁと思う。

表題作は、自分とは性格がまったく違うのに、外見がなぜか似ていてよく間違えられる女の友人をめぐる話で、もちろん皮肉な結果に終わる。若い女が結婚しないでいるとまわりの既婚の知合いがさかんに結婚を勧めるもの。ところが結婚している当人たちは実は口で言うほどには幸せではないのだ。主人公の女性はそんな友人夫婦をクールなまなざしで見つめる。話の最後は本当に「バン、バン、はい死んだ」で終わってしまう。(「バン」が2回あるので2人死ぬ。)

短い話だがわたしが気に入ったのが、「ミス・ピンカートンの啓示」。ある日、部屋の中に紅茶の受け皿(ソーサー)が飛んでくる。空飛ぶ円盤(フライング・ソーサー)だ。でもそれは本当に受け皿で、しかもスポードというブランドのアンティークだとミス・ピンカートンは気づく。彼女は骨董屋なのだ。一緒に住んでいる男性ジョージとともに騒いでいるうちに、お皿はふらふらと窓から外に飛んでいってしまう。二人はすぐに新聞社に電話し、取材に駆けつけた人々に説明する。ジョージはお皿の外側しか見ていないが、彼女は内側も見ており、お皿の内側に小さな男がいてペダルをこぎ、機械を操縦していたと説明する。彼らはあきれて、男性であるジョージの話を聞こうとし、彼女の話は黙殺する。そこで態度を変えた彼女は、実は二人とも酔っていたし、ジョージは特に酔っていたと嘘をつくのだ。人々はあきれて帰っていく。二人の近所に住んでいるという語り手が、話の最後のオマケのように、実は自分の家にも空飛ぶお皿が現れてそれはウースター(ブランド名)だったと述べて終わり。紅茶の国イギリスらしい話で、アンティーク好きのわたしにはたまらない。うちの古いスポードもそのうち飛ばないかな。まぁとにかく、世の中で往々にして女の話は信用されない(お皿がスポードだと専門家であるミス・カートンが言っているのにジョージは無視する)なので、そこを突いた皮肉が面白かったのだった。

(写真はうちのスポード。しばらく見てたが飛ばなかった。ペダルをこぐ小さい男もいなかった。)

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