石垣りん『詩の中の風景』中公文庫
この本、よかったなぁ。思ったよりもずっとよかった。やっぱり石垣りんはいい。
著者が個人的に好きな詩を取り上げて、その解説、というよりも個人的な思い出を書き綴っている。取り上げる詩は秋谷豊、山崎栄治、藤原定など、詩人として現在はそれほど有名ではない人もけっこういる。派手な詩はない。難解で高尚(そう)な詩も全然ない。どれも詩人であり人間である石垣りんにとって大事な、すでに自分の血肉になった詩ばかりなのだろう。
2篇を書き写す(オリジナルは縦書き)。
「樹のしたで」 大木実
樹はたっている
ここにこうして
子供たちの生まれる前から
樹はみてきた
夏は涼しい蔭をひろげ
本を読んだり遊んだりした子供たちを
樹は知っている
ひとりの子供が泣いたことを
ひとりの子供が怒ったことを
樹よ
樹よ
遠い日の涼しい風よ
あのとき怒った子どもは僕だ
あのとき泣いた弟はもう帰らない
「生」 杉山平一
ものをとりに部屋へ入って
何をとりにきたか忘れて
もどることがある
もどる途中でハタと
思い出すことがあるが
そのときはすばらしい
身体がさきにこの世へ出てきてしまったのである
その用事は何であったか
いつの日か思い当たるときのある人は
幸福である
思い出せぬまま
僕はすごすごあの世へもどる