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マーガレット・アトウッド『浮かび上がる』大島かおり訳、新水社

『侍女の物語』で一躍有名になったアトウッド、日本では『侍女の物語』とその続編『誓願』だけがもっぱら話題になるが、それ以外にも小説作品は多い。(詩も多い。)この『浮かび上がる』は2番めの小説で、書かれたのは1972年。今読むと、第1作の『食べられる女』とともに、昔のフェミニズム小説という印象を受ける。現在でも第一線で活躍するアトウッドだが、これまで彼女が文学でなしとげたことは、歴史上の出来事になってしまったのかもしれない。

小説の語り手は女性だが、名前が最後まで明かされない。カナダの湖の島で気ままに暮らしていた父親が行方不明になったため、友人夫婦と恋人とともに語り手は島を訪れる。二組の男女は島の家に滞在して行方不明となった父を探すが見つからない。そうするうちに、どちらのカップルもそれぞれの問題を抱えている様子が描かれ、男女のねじれた力関係が露呈される。一方で、湖をめぐるうちに、人間たちがいかに自然を壊しているかも示される。語り手ははじめはカナダに侵入して自然を壊すアメリカ人をひどく憎んでいるのだが、やがてカナダ人も同様のことをしており、自分も含めた人間というものが、どうしようもなく自然を破壊しつづけているのだと実感するようになる。

初読のとき、これはいったいどういうタイプの小説なのだろうと当惑した。奇妙な小説だ。想像できなかったような終わり方をする。自伝的な面も少しあるようだ。誰が読んでも楽しめるものではないかもしれないが、アトウッドに興味がある人なら、恋愛関係にある男女のパワーポリティクス、ハードな環境保護論、文化論など、彼女らしい要素があちこちに発見できると思う。


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