ねじめ正一『荒れ地の恋』文春文庫
詩人たちとその恋人や妻との三角関係というのは文学史上それほど珍しくはないのかもしれない。小説家よりも詩人にありがちなのは、詩人というものが普段からお互いに会って話をしたりすることが多いからなのか。同人誌をベースにした詩人コミュニティは交流度が濃いのだろう。もともと一般読者が少なめだし、詩を書いたらむしろ詩人仲間からの評価を意識する人が多いのかもしれない(よく知らないけど)。
まぁそんな理由はどうでもよい。これは詩人北村太郎と、友人の詩人田村隆一とその妻明子の恋愛沙汰を中心にして、「荒地派」と呼ばれた詩人たちの群像を描いた小説である。北村は新聞社の校閲という地味な仕事をするサラリーマン詩人で、妻と子ども二人と穏やかな家庭生活を送っていた。詩人ではあるがそれまで書いた詩の数はごく少ない。でも、あるとき友人田村隆一の妻と出会い、恋に落ちてしまう。そこから波乱の生活になるのだが、急に詩がどんどん書けるようになるのだ。
いろいろあった明子との恋愛が終わったあと、北村は詩の朗読会で偶然となりに座った若い女性に惹かれ、手紙の交換をするようになる。どんどんエスカレートして毎日手紙を送る…。これが新しい恋になる…。(もう60代なのに。)
と、書くといかにも詩人らしい情熱家のようだが、たぶん北村は元々はそういう男ではなかったのだろう。酒も飲まないし、堅気っぽい男だ。家は出て家族と別居はするけれど、娘の結婚式にはちゃんと出席したりする。毎月の仕送りも頑張る。それに比べて北村の恋愛沙汰の垣間から見える田村隆一の方は、酒浸りで寂しがり屋で常に女にそばにいてほしがる、どうしようもないけれど非常に魅力的な男だったようだ。北村も明子を中に置いて、常にむかしからの仲間である田村を気遣っている。そして田村が書く詩が素晴らしいことをよく知っている。
この小説は北村が主人公ではあるけれど、読むうちに、あまり詳しくは描かれない田村隆一のことがやけに気になってしまうのだった。また詩人らしくなく、常識があってやさしい鮎川信夫も魅力的だ。そして、最初は加島祥造の恋人だったのにのちに鮎川信夫と結婚して彼の最後を看取る、最所フミという女性にも興味をひかれる。才媛だったらしい。
ところどころでピンクレディやら松田聖子の名前が出たりして、けっこう近い時代の出来事なのだとわかる。わたしは「荒地派」などの名称はかろうじて聞いたことがあるが、現代詩人について殆ど知らなかったので、この本で知識を仕入れた。そして、自分は詩人にはなれなそうだし、詩人の妻にもなれなそうだと、納得して読了したのでした。詩人として生きるのはほんとうにたいへんそうですね。