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ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』岸本佐知子訳(講談社)

去年発売されたときに非常に話題になった本。岸本佐知子の訳だし、そりゃあいいんだろうな、と思うだけで手に取らなかった。あまりにも予想ができたからだ。表紙の作者の写真もやけに美人だし。...ということで(?)半年以上も手に取らなかった本だがやっと買って読んだ。そしたら予想よりもずっと重くて、ずっと良くて、しばらく感想を書く気にもならないぐらいだった。今でも何を書いたらいいかわからない。

ひとつ思うことは、子どもは生まれる家を選べないということ。どんな家でどんな親を持つのかで運命が大きく変わってしまう。この本は自伝的なものだと思われるが、作者ベルリンは変わり者の祖父(娘や孫を性的に虐待する、アルコール依存性でもある)と祖父に逆らえない従順な祖母(この人の罪は重い)、祖父を嫌う母親(美人で映画女優に憧れ、やはりアルコール依存で娘二人をネグレクト)、病死してしまう妹(作者と同じく祖父に性的虐待を受け、母にネグレクトされた)を持った。父親はまともな人のようだが仕事や出征で存在感が希薄だ。せめて良かったと思えるのは妹が病気になって余命があまり残されていないときに作者が看護し、そのあいだに打ち解けていろんな話ができたこと。二人で過去を振り返ることができたことだ。

地理的にもアメリカだけでなく父の仕事で南米を移動したり、裕福な時代があったり極貧があったりと、いったい何人分の人生だったのだろうと思う。身体的にもハンディがあるし、重度のアルコール依存症のため「髪の毛まで痛い」思いをする。そんな彼女が「もし、あのとき~だったら」と想像する短編「巣に帰る」は、こう想像するのが「過去を全部捨ててきた」彼女であるからこその感慨がある。

いくつか抜き書き。

「わたしは家が好きだ。家はいろいろなことを語りかけてくる。掃除婦の仕事が苦にならない理由のひとつもそれだ。本を読むのに似ているのだ。」

「人が死ぬと時間が止まる。もちろん死者にとっての時間は(たぶん)止まるが、残された者の時間は暴れ馬になる。死はあまりにも突然やって来る。潮の満ち引きも、日の長短も、月の満ち欠けもお構いなしだ。カレンダーを引っペがす。机に向かったり、地下鉄に乗ったり、子どもたちに食事を作るあなたはもうどこにもいない。」

「死には手引き書がない。どうすればいいのか、何が起こるのか、誰も教えてくれない。」

たいへんな人生だったが、最後は大学の准教授にまでなって穏やかな日々だったようだ。(学部だけしか出てないと思うが。アメリカは不思議。)まだ未訳のものも多いようだからきっと続編が出るのだと思う。きっとまた読む。

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