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田中康夫『なんとなく、クリスタル』河出文庫
どうして自分が今頃この本を読んでいるのだろう? たしか誰かがどこかで書いてあった文章を読んで「そうか、読んでみたら面白いのかも」と思って図書館で予約したのだった。ウェイティングの人などいないからすぐ入手した。ところがなぜ読みたいと思ったのかは、きれいに忘れてしまっていた…。しかたない、でも読もう。
この本が話題となった頃、当然のようにまったく無視していた。ブランド名が並ぶ空虚な若い消費者の話だと思っていた。そして今回読んでみたら、その通りなのだった。ただ知らなかったのは右ページにストーリーが書かれ、左ページにたっぷりと注が書かれているスタイル。これは意外と面白い。作者は大学生だったというから、研究書を読みながらびっしり書かれた注にヒントを得たのかもしれない。本文は女子大生、注は作者である斜に構えた若い男性。二つの声が聴こえてくる。
物語は特になんということもない進み方をして、退屈な終わり方をするのだが、そのあと唐突に人口問題審議会の「出生力動向に関する特別委員会報告」(人口はこれからだんだん減るという予測)と「五十四年度厚生行政年次報告書」(これから高齢化が進むという予測)が出る。それでこの小説は終わるのだ。ここは割と面白い。というか、ちょっと怖い。小説が書かれたのはバブル前だが、その後の日本の衰退はすでに予測されていたわけだ。
それ以外はほんとーにつまらなかった。主人公の女性はわたしと同世代なので、出てくるブランド名や店の名前は聞いたことがあるものが多くて(お金のなかったわたしには縁がなかったけど)懐かしくはある。もはやレトロ。そして、この女性は今年で63歳なのだ…。
小説の最後の方で、すれ違った30代の女性がシャネルの白いワンピースを着てゲランの香水を微かに漂わせていて、「あんな素敵な30代に自分もなれるだろうか」と、主人公の女性は憧れの目で見る。さて、彼女はどんな30代になったのかな、そしてどんな40代、50代を経て、いまはいったいどんな老いを迎えているのかね。いまだにオシャレを心がけているの? 素敵なミュージシャンの恋人とはきっと別れて、無難だがつまらない結婚をしているんだろうなぁ。
そう思うと、田中さんにはぜひ苦い続編を書いてもらいたい気がしてきたのだった。(ん? ひょっとしてそれは林真理子の小説みたいなのかな?)