原田ひ香『三千円の使いかた』中公文庫
すきま時間に軽く読める小説だと思って手に取った。目次を見ると章のタイトルが「73歳のハローワーク」や「目指せ!貯金一千万!」などなので、「お金を上手に使いましょう」みたいな話なんだろうと思ったのだ。だが読んでみるとなかなか凝った造りである。ある一家とそのまわりの人たちの人生とお金についての話が順繰りにつづくなかで、キーワードの「三千円」は最初は軽めにあちこちに出ているが、最後はかなりの重さで出る。
20代(次女)、30代(長女)、50代(母)、70代(祖母)とそれぞれの世代のお金に関連する悩みが書かれているので、読者は自分の年齢に近い人に共感するだろう。わたしに近いのは50代かな。70代も目前か。読み終わったあとで、「いま、うちの貯金っていくらあるんだっけ…」と考えてしまった。
お金の具体的な話題が出る小説というのは、少なくとも純文学ではあまりない気がする。思い出せるのは漱石の小説ぐらいか(題失念)。でもわたしたちの人生でお金は実際のところ非常に重要で、悩みのタネでもあるのだ。なのに文学作品で具体的な金額を出しながらまともな扱いをしないのはなぜだろう。数字が出ると途端にもう文学ではない気がする。数字は人の思考モードを変えてしまい、それは文学のモードと相性がひどく悪いのかもしれない。
この小説も文学好きな人からはあまり評価されないだろう。わたしも文学とは呼びたくない。(どういう呼び方がいいんだろう。)まぁ呼び名などはどうでもいいのかもしれない。同じ作者のランチ酒シリーズみたいに、楽しく読める読み物はそれはそれでちゃんと価値があるのだから。