柴崎友香『続きと始まり』集英社

少し前に読み終わっていたのだけれど、その後もそばに置いてパラパラとページをめくって、気が向いたところを読み返したりしていた。いつまでたってもこの本を手放したくないような気分だった。読み返すたび、最後のパートで暖かい気持ちになる。これからの人生も何があるかわからないけど、がんばって生きていこうねという気持ち。

この本は新型コロナの初期（2020年3月）から始まって、それが落ち着きを見せ始める2022年2月までの設定で、3人の人物とそれを取り巻く人たちの暮らしを描いている。3人のうち2人は女性で、女性として日々感じる小さい疑問や悩みなどが織り込まれる。もう一人は男性で、彼自身の日々と彼から見た妻が描かれる。3人はまったく別々のようだがどこか細い糸でつながっていそうだ。

コロナだけでなく、東北の震災のこと、その前の神戸の震災のことも時折入って来る。主人公たちが住んでいるのが東京やその近郊だったり、大阪やその近郊だったりするので、二つの震災のとき何を感じたかという話が自然に出てくる。読んでいるうちに、時間の感覚が混乱して、「あれ、これはどっちの震災の話だっけ？」と思ったりする。震災やらコロナやら、さらには911のテロなど、大きな出来事を潜り抜けながらわたしたちは生きている。そして、だんだん中心となる3人の話をつなげるものが、ポーランド詩人シンボルスカの詩集だということがわかってくる。

どの人物も今の日本を生きている等身大の人間で、子どもの頃の家庭の問題だったり、学校での出来事の記憶だったり、仕事や生活の不安や希望を抱いて生きている。わたしたちの中で、時間はけっして一直線に不可逆的に流れるのではなく、始まりとか続きとかが絶えず交差しているし、何かの終わりがあったとしても（たとえば戦争が終わった後の片付けのように）それは何かの始まりでもあり、あいかわらずの続きでもあるのだろう。

個人的には、男性（圭太郎）とその妻の関係がうらやましかった。結婚しているけれど、決して相手に寄りかからず、でもお互いを必要としている。ひとりでいることの孤独を忘れていない。理想的なカップルのように思った。考えたら、小説の中心になる3人とそのまわりの人たちにも似た空気感があるのかもしれない。ひとりで抱えているものはあるけれど、なんとなくつながってもいるのだ。ほんとうに弱々しい、頼りないつながりではあるけれど。決して派手でなく、大成功もせず、でも少し希望を持ちながら丁寧に、誠実に生きている。そういう人生の愛しさ。

シンボルスカの詩集は本棚にあるので、あとで読み返そう。