バナージ&デュフロ『絶望を希望に変える経済学』村井章子訳、日本経済新聞出版
常々不思議に思っていた。経済学という学問があるのだから、経済学者はなぜもっと景気の先行きを予測したり、経済学知識を広めて政府や経営者にもっと賢くなってもらわないのだろう。経済学者ってふだん何をしているのか知らないけど、もっと何か世の中の実際の役に立つことをすればいいのに、と。そこへこの本の題名である。「絶望を希望に変える」って、そりゃあ読みたくなるでしょう。(よく見ると原題はGood Economics for Hard Timesだったけど。)
読んでみるととても面白かった。知らないことをいろいろ学んだ。扱われているのは主に富裕国代表としてアメリカで、貧困国としては著者のひとりがインド出身のため、インドの話がよく出る。日本は数えるほどしか出ない。同じ著者に日本経済について書いてほしいなぁ。
なんとなく思い込んでしまっていることが、単に不正確な思い込みにすぎないことがわかってよかった。たとえば移民の問題。自国にやってくる移民が増えると不安になるものだが、事実としては、世界中で移民の総数は心配されるほど大量ではないこと。また移民が増えたからその国の国民が貧しくなることはなく、むしろ移民たちもお金を使うのでその分プラスになる。移民と受入国住民の双方の経済状態は上向きになるのだ。しかしその事実は知られていないので、「移民は問題だぞー」と煽る政治家はこの問題についての人々の無知を利用するのである。それから自由貿易も全体で見ればプラスであることのは自明であること。どの国も自分が強い品目を輸出するから収益が上がり、輸入する品目についてはそれを元々作っていた人々の収益は下がる。しかし合計すると必ずプラスになる。大事なことは、利益を得ている人々の収益に税金をかけて損害を被っている人たちに再分配し、全体が豊かになるということなのだ。
一番印象的だった話は、人間というのはどんなに困難な状況にあっても、本当にぎりぎりの生命の危険が及ぶところまで来ない限り、生まれ育った土地を動こうとしないものだということ。移民となって豊かな国に行って豊かになろうなんて、簡単に考える人はなかなかいないということだ。また、この本では経済学といっても人間の心の問題も考慮していて、単に数字だけでは測れないものがあることも指摘している。貧しい自分は惨敗者だという意識は人を傷つけ、苦しめるから、人の幸福度を上げることが必要であること。あるいは、ある人が仕事を1時間やめると生産性は落ちるが、その1時間を自由に過ごせば幸福度は上がるから、単純に数字だけで考えてはいけないという話など。なるほど、経済活動とは人間がやるものだから、人間の心理も考える必要があるというわけだ。
特にアメリカについていえば、最近話題の貧困白人に焦点を当てた本、『ヒルビリー・エレジー』も読んでみたくなった。一方で日本では、女性に対して男性は歴史的に強者だったが、最近は貧困者が増えて弱者男性の意識が出ていて、それがいろいろな事件の原因になっているとも感じる。
最後に、この本を全部読んで絶望が希望に変わったかというと、そりゃあ、まぁ、そんな簡単なわけはないけれど、でも知らないと不安が増すし、とりあえず事実を知ることで冷静に考えることができる。知ることは大事なのだと思った。