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潔くてかっこいいこと。2025年度版大発見の巻
ライティング・ライフ・プロジェクト1月期がスタートしております。
ライティング・ライフ・プロジェクトでは、毎日、できるだけモーニング・ページを書きましょうっていうワークがあります。
わたし自身モーニング・ページを継続してそろそろ3年目。
このモーニング・ページに、私の思い込みがありました。
それはね、これってめちゃプライベートなものだから、あんまり聞いちゃいけないって思ってたんです。どんなノート使ってるか、どんなこと書いてるか、保管はどうしてるか、みたいな。
そのすべては人の自由だって思ってるし、ルールもないし、もっというと、誰かに対してアドバイスもないんです。
ない、というより、「するものじゃない」とさえ思っているわけです。
どう受け入れて扱うかさえ、自分で考え、決め、迷ったり試行錯誤して、もうそのうろうろっぷりさえ面白がってやり続けるものだ。
そう思っているからです。
誰かがこうしてるからこうする。
というのは、違うなって思っているから。
なんですが、先日の22日のZOOMおしゃべりの会で、モーニング・ページの話題になりました。
そしたらね、私より長くモーニング・ページをやってる大先輩みたいな方が
「コピー用紙の裏に書いて、書き終わったら捨ててる。たまに、あ、これは今日のブログのネタにしよって思った時だけ、取っておくけど、ブログ書き終えたら捨てる」
って言ったの。いやぁ~~~~目からうろこよ。
もろほし的世界観でいうと、
潔くて、めっちゃカッコいい。
自分が書いたものになにかの文化的価値でもあると思っているかのように、保管したがる私。
これはあれだ、切った爪を取っているとか、髪を保存しているみたいなものに思えてきた。
自分が書いたものを捨てると、何かを失うと思い込んでいる、自意識だ。
いらねーな。と心から思った。もうね、保ちたい自意識の軸が変わろうとしてるだからさ、昔の自分の価値観は手放そうぜ、オレ!
文豪でもあるまいしw
と我ながら驚きまくりでした。目からうろこよ。うろこ落ちまくり。
モーニング・ページのことを聞くことに抵抗があったのも、同じような思い込みがあったからかもしれません。
いま、テレビ界が揺れていますね。
ワタシタチ世代が描いていた、社会構造図の崩壊とも思えるんです。
風の時代と言われ始めて数年。
なんのことやら、なんて思っていたけど、50代60代が手に入れたと思っていた金貨が、木の葉に変わりつつある昨今。
誰かに騙されて化かされてたのではなく、自分が化けてたことに、いま気づき始めてるってことかもしれません。
自分の価値観や既成概念に、まず気づく。
社会の中で手にしたそれらも、まず気づく。
手放したがるよりまず、気づいて、観察して、検討して、その時間さえも自分の歴史だと見つめる。
自分はどう考え、どう感じるんでしょうね。
最初、わたしは、既成概念があることを恥ずかしいと思い、悪いことだと思ってしまいました。
悪くないよ、ただ気づくだけでいいんだよ。
それは、ライティング・ライフ・プロジェクトを通じて、過去の自分への慈しみにつながりました。
潔く自分を愛し続けたい。
1月度の途中ですが、2月度のスタートの予告も。
2025年2月17日(月)から3月18日までの30日に開催。
募集は今日からバレンタインの2月14日までとします。
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