短編小説0017不思議な話#008 狂った熟柿 中編/三部作 2144文字 2分半読
「ハッハッハ。若い人は元気がいいねえ。よしもう一個どうだ!今度は二千円に上がりました」
「えー。なんでですか?たかが柿じゃないですか?どうして二千円もするんですか?」
「うちの柿は特別なんだよ。だから二千円でも安いんだ。本当は一万円もらわないと割に合わないんだよ。ハッハッハ」
大家さんの大口で笑う歯は金歯が何本か光っていた。そして腕には高級腕時計がチラチラ光っていた。
「どうするかね?」
亮太は馬鹿馬鹿しいと思いつつも、食べたい衝動を抑えきれない。なぜだ?なんなんだこの魅力は?たかが柿、熟したうまい柿にこれほど誘惑されるとは。
亮太は自分を抗えなかった。
「もう一つ・・・ください・・・」
「はい、どうぞ」
二千円と交換する。
亮太は狂ったように貪りつく。
ああ、うまい。うまい。もう一個食べたい。
「よし、この辺で今日はやめときなさい。君もお金がないだろう。お金が溜まったらまた来なさい。冷凍しておくから大丈夫。あ、次から一個一万円になるからね」
「・・・一万円・・・」
亮太の顔は真っ青になった。
一個一万円だとしたら、一日中バイトしてせいぜい一万五千円の収入だから、一日で一個半しか食べられない計算になる。
それでは満足できない。どうしようか。でも食べられないよりはましだ。
亮太はその日から学校を休んでバイトをしまくった。すぐに現金が欲しかったから登録制の日雇いバイトを選んだ。
働いて現金をもらったらすぐに大家さんの家に行く。
そんなことをしばらく続けた。
金が足りない。一日一個か二個じゃあ全く足りない。どうしよう。
ある日亮太は大家さんに提案した。
「あの、お願いなのですが、もしできれば、その、値下げしてもらえませんでしょうか?柿がおいしくておいしくて、もっと食べたいんですがお金が足りません。どうかお願いです・・・」
「そうですか、いやいや、ごめんね。あなたがそんなふうに思ってたとは知らなかったよ。ハッハッハ。うーん、困りましたね。そうだ、いいバイトがありますよ。今あなたはせいぜい一日二万円程度しか稼げてないでしょう。でも一回三十万円稼げるバイトがあります」
「三十万円!本当ですか!ぜひやらせてください!」
「ハッハッハ、素晴らしい。若いっていいなあ。即断できる勢いのある若さ!よし気に入った。明日からやってもらおう」
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
「よし分かった。それでは明日九時にここに来てください」
「ハイ!ありがとうございます。よろしくお願いします」
亮太は勢いよくお辞儀をし、意気揚々とアパートの部屋へ戻った。
「三十万、三十万。大家さんいい人だなあ」
翌日。
「おはようございます」
「おはよう。時間通りだね。早速出発しようか。乗って」
大家さん宅に一台のバンがあった。これに乗り込む。
「仕事内容はこいつから聞いて。じゃあよろしくな」
大家さんは運転手の男を顎で指して、ドアを閉めた。
亮太は車内から大家さんに会釈をしてから、運転手の男に挨拶をした。
「よろしくお願いします」
「おう」
車を走らせながら、男は携帯電話とスーツを亮太に渡してきた。
「着替えて。急いで」
「は、はい」
亮太は急いで着替えた。ネクタイもあったからこれもつけるのかと聞くと、そうだとぶっきらぼうに答える。
ネクタイなんか成人式以来だから、慣れない手つきで何とか形になった。
「着替えたか?そしたらしっかり話を聞け。これから〇〇駅に向かう。お前はそこから乗り継いで東京駅に行って新幹線で広島駅まで行け。広島駅に着いたら、この携帯で電話しろ。電話番号が一件だけ登録してある。客の番号だ。それで客と待ち合わせ場所を確認して落ち合え。そしたら荷物を受け取れ。受け取ったらまた新幹線で東京駅に戻ってこい」
男は新幹線の指定席往復チケットを渡しながら説明した。
「広島まで・・・。でも、そんな簡単なことでいいんですか?」
「ああ、お前は荷物を受け取るだけでいい」
「わかりました」
「それからくれぐれも電話番号をコピーしたり、無駄に電話をかけたりするなよ。携帯のGPSを常に追っているからな。荷物の中身も見るな。盗んだりするなよ。人生を棒に振る事になるからな」
「・・・!は、はい。わかりました」
亮太は何だかよくわからないが男の凄味にビビった。
私鉄の〇〇駅に着いた。男は車を止めた。
「よし行ってこい。特に難しい事はない。要は荷物預かって持って帰るだけだからな」
亮太は言われた通り東京駅に向かい、新幹線に乗り、広島駅で電話して客と駅の外で落ち合い、荷物を受け取り、また新幹線に乗った。
広島滞在時間はたったの正味三十分位だ。
ちょうど東京駅に着いたところで携帯電話が鳴った。
「はい、荷物はあります。・・・はい、わかりました」
恐らくワゴンの運転手と思われる男から次の指示が入った。指示通りに動き、行きの時とは違う車を運転する、また運転する男も行きとは違う男に荷物を渡した。
「ご苦労さん。これはバイト代だ」
やはりぶっきらぼうに封筒を渡されて、あっという間にワゴン車は走り去った。
「こんなんでいいの?」
亮太は緊張がどっとほぐれると同時に、まさにきつねにつままれるとはこのことだだなと感じた。
トイレの個室に入り、封筒の中身を見ると、また驚いた。
「本当に三十万円入っている!」