短編小説0043 強盗予告の電話 3810文字 6分読
「おはようございます」
亮太はいつものように19時55分に入店する。
夜勤は22時から翌朝の6時まで、8時間労働。
コンビニの仕事は意外とやることが多い。
レジ打ち、入荷のチェック、陳列、宅急便の受付、公共料金の受付、掃除などなど。
はじめの一週間は大変だったが、もう一ヶ月も経ち、だいぶ慣れた。
「お疲れ様でした」
亮太と入れ替わる形で女子高生バイトが退店する。
今日は友達が遊びに来てくれる。
普通、夜勤は防犯上、二人で勤務するが、この店は一人で行う。あまり客入りが良くない田舎の店だから、売上が少ない。経費削減のためと面接の時聞いていた。
深夜2時位になると、まとまった客は終電の客を最後に、だいぶ落ち着についてくる。この時間帯は暇で眠くてしょうがないから、友達が来てくれることはありがたい。
バックヤードは防犯カメラに映らないから、店中奥に入り、客にも見えない位置でくっちゃべってる。もちろん店長には内緒だ。
深夜2時過ぎ、友達が来て間もなく、店舗の固定電話が鳴った。
こんなこと初めてのことだから亮太は一瞬ビビった。
「うおっ!」
友達が声を上げて驚く。亮太は受話器を取った。
「はい、ローソン前原店・・・」
「金を用意しろ、金を用意しろ、金を用意しろ」
「は?え?」
中年男と思われるその声は亮太の受け答えの挨拶を聞き終える前に、一方的に、無機質に3回繰り返した。
「プーップーツプーッ・・・」
「あ、もしもし!もしもし!」
電話は切れていた。
「いたずら電話かよ、全く」
「どうしたんだよ?」
「いやしょうもねえ電話だよ。金を用意しろだってよ。ハハハ!」
「え、まじかよ!ヤバくね?警察呼んだほうがいいよ!」
「ハハハ!そんなことしたら逆に怒られるだろ。イタズラ電話ごときで警察呼ぶなんて」
「イヤイヤ、マジの予告だったらどうする?」
「そんなアホな強盗いるか?予告したら対策されちゃうじゃん。イタズラだよ」
「いやいや、そうかも知れないけど・・・」
友達は、1時間位おしゃべりして帰るつもりだったが、気を使って夜明けまでいてくれた。
「ほらな、何もなかっだろ」
「俺が抑止力になったんだ。感謝しろ!なんかおごれ!」
「ガハハハ!」
友達はあくびをしながら店を出た。
亮太も伝染したあくびに背伸びをする。
あと1時間、眠気との戦いだ。
「ピロリロリーン」
客が入店してきた音に、バックヤードにいた亮太は素早く反応し、レジに出る。
「いらっしゃいませ」
パーカーのフードを被り、サングラスとマスクをしている。軍手もしている。
見たところ、中年男性のようだ。
肌寒い季節になってきたとはいえ、ちょっと寒がりなおじさんだな、と亮太は眠い目を一生懸命大きく開き、何か客の要望があれば素早く対応するよう、観察し、準備ができていた。
我ながらよくできたバイトだと自画自賛する。
フードの客はレジまで一直線に向かってきた。
「いらっしゃいませ」
亮太はもう一度挨拶をする。今度はさっきよりもう少し愛想の良い感じで。
客はメモ紙を見せてきた。
『金を出せ』
「げ?!」
亮太の第一声、初めの反応がこれだった。
亮太は客の方を見ると、片手にメモ書き、片手にナイフを持っている。
眠気が一気に吹き飛んだ。
客、いや男は無言のまま、メモ紙をグイグイとレジ越しに、亮太の顔に突きつける。
「あわあ、お金?はひ、はい!」
万が一強盗が来たら素直に金を渡せと店長からは言われていた。だから躊躇なくその通りにしようとした。
でもいつもの接客のようにスムーズにいかない!焦る!ナイフが超気になる!
モタモタしていると更に男はメモを、グイグイと亮太に押し付ける。
「はあいー、少々お待たせくださあーい!」
日本語がおかしくなっている。
男は、待ってられず、レジを乗り越えてきた!
「いやあ!すみませんすみません!すぐやるのでご迷惑おかけしております。ころさないでえ!」
日本語がおかしかろうがなんだろうが必死だ。
男はレジをまさぐり、鷲掴みで現金をポケットに入れた。そして亮太をガムテープでグルグル巻きにし始めた。顔、目にも巻き始めた。何も見えなくなった。
男がごそごそしている音が聞こえる中、亮太は身動きが取れない。
「あー早くどっかいけ。もうお前はこれ以上金をとれないぞ!」
亮太は頭の中で叫んだ。
実は、レジの中以外にも金はあった。
防犯対策として一万円札はレジとは別の場所に保管してあるのだ。
レジ下に金属で出来た丈夫な造りの箱があり、ポストの様に細長い口が開いたもので、レジのカウンター内にビスでがっちり付けてある。
簡単には持ち出せない。
通称『一万円箱』と皆は呼んでいる。
この箱に客から一万円札が入り次第、投函できるようになっている。常にカギがかかっており、カギは店長しか持っておらず、店長しか開閉できない。
そういえば店長はこの一万円札入れポストのカギを失くしたと言っていた。だから数十万円も溜まっているともぼやいていた。
ああ何てタイミングが悪いんだ!
でもこれに気付くわけがない。
気付いたとしても開けられないぞ。
亮太は今すぐ店長に連絡したいが、男のナイフが怖くてできない。それにこの状態だと身動きさえ難しい。
亮太はじっとしているしかない。
ガチャガチャと音がしたり、何かまた物色しているような音がしていたが、男は諦めたのだろう。あっという間にいなくなった。
時間にして5分位だったろうか?
亮太にとってはその10倍ぐらい長く感じた。
6時から勤務のおばさんパートがやってきて、亮太以上に狼狽、慌しくしながら、ようやく亮太はガムテープを解かれた。
おばさんはすぐに警察と店長に連絡してくれ
た。
店長はすぐに駆け付けてくれた。店舗から歩いて5分ほどの距離に家がある。
到着するや否や大声で嘆いた。
「あーっ!一万円箱があっ!」
亮太もその声に驚き、一万円箱を見ると無惨にも壊され、一万円札は一枚も無い!
警察もその5分後に到着し、物々しい雰囲気で現場検証、事情聴取が始まった。
亮太は不思議で仕方なかった。
一万円箱は店長とアルバイト、パートしか知り得ないはずだったからだ。
強盗は数分で店を出た。
現金を探していただろうが、偶然見つけたかもしれないが、それは話が出来すぎていないか?
まさかだが、ここに一万円札がある事を知っていたとしか思えない。
亮太には何も聞かなかったし。
犯人は、過去、ここで働いたことのある奴か?
数時間後、事情聴取が終わり、ひとまず警察は引き上げた。
夜勤明けの体で疲れていたのをようやく思い出した。
「亮太君、大変だったね。ケガが無くて何よりだったよ」
「すみません。お金取られちゃいました」
「いやいや、いいんだよ。下手に犯人を刺激してケガでもされたらたまらないよ。犯人はナイフ持ってたんだろ?いいんだ。ホント、亮太君には申し訳ないよ。まあ無事で何よりだ。気にしないで」
店長は優しく亮太を労ってくれた。
亮太はこの事件のあと、バイトを辞めようと店長に伝えた。
お金を取られてしまった罪悪感と、レジの前に立つと強盗を思い出して怖くなるからだ。
「気にするな、君のせいじゃない。しばらく休んで気持ちが落ち着いたらでいいから、また来なさい。ああ、真面目に働いてくれていたのに、傷つけてしまった。申し訳ない」
店長からはしきりに謝られた。店長は何も悪くないのに。経営が厳しいのに、被害にあったのに俺の事を気遣ってくれている。
辞めないでくれとも言われた。ありがたかった。
その言葉に甘えて、しばらく休ませて頂く形にした。
その内元気になるだろう。変な罪悪感は、店長の優しさに絶対に報いたい、そんな思いを亮太に抱かせた。
後日
突然、亮太は一方的にバイト先を失った。
コンビニが閉店するというのだ。
コンビニ本部から契約解除されたのだ。
そして店長夫婦は書類送検もされているという。
なぜ?
強盗は店長と奥さんの自作自演だった。
コンビニは経営が厳しく、借金返済に困り、自転車操業だった。
亮太が思っていたよりかなり難しい状況だったようだ。
店長夫婦は焼け石に水と薄々分かってはいながらも、やらずには、来月の店舗運営がままならない、という状態での犯行だった。
カギをなくした体で、現金を一万円箱にできるだけ貯めたのだ。
というより、これを犯行と言えるのだろうかか?
強盗にあったことを税金や諸々の支払を遅らせる、当面の言い訳と、現金確保する一石二鳥のアイディアだった。
実際どの程度効果があったのか疑問だが。
だからあんなに俺に謝っていたのか。
本当に心からの謝罪だったのか・・・。
店長は良い人であったから尚更、気の毒に思えた。
では、あの電話も店長が仕組んだのかと考えたが、何のために?
不可解で驚いた事に、実際、店長が電話したのではないらしい。
「あの電話は、本物・・・?」
店長が偽物で、電話の声の主が本物というのはおかしいなと、亮太は自分で思った。
別の強盗がいたかもしれない。
そしたら、もしかしたら、店長より先に電話の主が来ていたら、その可能性もあったのか・・・?
1年後。
大学を卒業した亮太は有名コーヒー店に就職した。店内でコーヒーを作る様はだいぶ板についてきた。
亮太もこの仕事を気に入っている。
『プルルルルル』
電話がなった。
「あ、電話!わりー亮太とってくんねーか!」
「はーい」
ガチャ。
「はい、毎度ありがとうございます。スタジアムバックス飯能・・・・」
「金を用意しろ、金を用意しろ、金を用意しろ・・・」
おしまい