短編小説0017不思議な話#008 狂った熟柿 前編/三部作 2450文字 3分読
レジ袋に入った柿が、各部屋の玄関脇にズラっと置かれてある。
「ああ、また大家さんの差し入れか」
「正直いらねえ」
「量ハンパねえ」
これで三回目だ。
最初は美味しく頂いたが、しつこく何回も食べると飽きる。
大家さんの庭に立派な柿の木があり、それはそれは見事に沢山の実がぶら下がっていた。今年は特に豊作で、アパートの住人全員に配っていた。
捨てるのは気が引けるし、かと言ってたべるのはもううんざりだから、亮太は大学に持って行って手当たり次第友だちにあげまくった。
意外と喜ばれたので謎の達成感があった。
大学が終わり、アパートに戻ると道路に面した壁面に、袋いっぱいに入った柿があった。誰のものとも言えない、アパートの住人なら全員気付く所に置いてあった。
「アパートの誰かが置いたのかな?ご自由にお取りください的な?」
亮太は酷いなとちょっと思った。
いやまてよ、大家さんが置いたのだろうか?そのまま忘れちゃったのかな?
亮太はまあいいやと、柿をそのままにして自分の部屋に入った。
「大家さんが毎日掃除しているからその時気づくだろう」
翌日昼前に亮太はアパートを出た。
柿はまだアパート壁面にあった。イタズラされてもおらず、昨日のまんまだ。
「心なしか昨日よりは熟度が進んで、赤みが増してる気がする」
亮太はちょっとだけ柿の感想を頭で作り、大学に向かった。
今日はサークルの飲み会で、お開きになったのは深夜一時。気持ちよく歩いて帰っていた。アパートが視界に入った時、また例の柿が見えた。
柿は更に熟度が進み赤味が益々濃くなった気がする。
ちょうど街灯の下に照らされてとても目立って見えた。
「あれ、まだあんのか?大家さん見てないのかよ。それとも違うのかい?一体どうなってんだい」
熟度のピークを越え、そろそろ皮がブヨブヨになり、皮が裂け水分がにじみでてきそうな感じだ。
「ん?よく見るとうまそうだな。一つ食ってやるか」
亮太はほろ酔いのいい気分で、パンパンに膨れたレジ袋の柿を一つ取り上げた。
最高潮に熟しているので、つかんだだけで皮が少し破けた。でも亮太は気にせず皮のまま、ガブリと頬張った。
「激アマでうま!」
酔いが気持ちを大きくし、味覚を多少なりとも錯乱させていることもあって、二~三日外に置きっぱなしのほこりをかぶった柿を次から次へと食べた。
食べるというより、飲み込んでいるといった方が正しい。
それくらい皮の下の中身は柔らかくなっていた。
袋の半分くらい食べたところで亮太は満足した。
流石に全部食べるには量が多すぎた。
「これうますぎ。持って帰ろう」
亮太は自分の部屋に残りの柿を持って帰った。
このままだと熟度がどんどん進んでしまうから、また明日も食べようと冷凍庫に袋ごと突っ込んだ。
「これで安心だな」
亮太はベトベトになった手を洗い、風呂に入って寝た。
翌日は昼前に起きた。
昨夜の感動的に美味しい柿をまた堪能しようと、冷凍庫から柿を取り出し、一つ皿に取り、電子レンジで温め始めた。
ちょっと溶かす程度にしたかったが、やり過ぎて熱々になってしまった。
やっちまったと思いながらも、試しにスプーンですくって一口食べる。
「何これ!超うまいんだけど!」
亮太はクセになった。
冷凍柿を全て電子レンジでチンした。
「うめえ!うめえ!柿の新しい食べ方だよ」
あっという間に残った柿全てを食べ切った。
亮太はもっと食べたくなった。
そうだ、このアパートの住人全員に柿は配られていたな。お隣さんに貰えないか聞いてみよう。みんな沢山もらって困っているはずだ。
しかし、一部屋ずつたずねてみるが、すべての住人は既に捨てたか、誰かにあげてしまってもうないとの回答だった。
亮太はがっかりした。
ああ、もっと食べたいなあ・・・。
そうだ!大家さんに聞いてみよう!
亮太はアパートの隣に住んでいる、大きな屋敷と大きな庭、大きな柿の木がある大家さんをたずねた。
「・・・というわけで、柿・・・もう少し頂けませんでしょうか?」
「ああ、いいですよ。さしあげますよ」
「本当ですか!」
「ええ、ちょっと待っていてください」
大家さんはにっこりして言うと、奥の部屋から熟れた柿を袋一杯に持ってきた。
おお、これだこれだ!
亮太は期待した。この袋いっぱい丸々くれるものだと興奮した。
「はい、どうぞ」
住人は沢山袋いっぱいに柿があるのに一つだけ差し出した。
亮太はこんなにあるのにどうして一つだけなのかとガッカリした。不思議に思ったし、ケチだなと非常に身勝手な事を考えた。
「あ、ありがとうございます」
亮太はもっとくれよと頭でつぶやいた。
そんな亮太の思いが顔に出ていたのか、大家さんは言った。
「もう一つ欲しければまた来てください。また差し上げますよ」
「え、本当ですか。それじゃあ今頂きます」
「でも今度は売ります。一個五百円です。タダではあげる訳にはいきません」
「え?ああ、そうですか・・・。わかりました。それでは、頂いたこれは、ありがたく頂きます。ではまた。失礼いたします」
亮太は目的を果たしたにもかかわらず、理不尽な仕打ちを受けたような気になった。
部屋に戻り、電子レンジでチンして熟した柿を食べる。
「うまい!」
もうやみつきだ。もう一個欲しい。
五百円か。高いけど、いやこの旨さには釣り合った金額だ。
よし大家さんのところへ行こう。
亮太は財布を握りしめて、大家さんの家を再びたずねた。
「あのー、大家さん。ぜひ柿を譲って頂きたいのですが」
「ハイハイ、いいですよ。一個千円です」
「え、五百円ってさっき言ってましたよね」
「そうですね、でも今しがた値上がりしました。買いますか?」
亮太は得体の知れない力に引き付けられ、柿を買わずにはいられない気持ちになっている。こんな事初めてだ。
大家さんの足元を見たような振舞いに腹が立ったが、それよりも柿が欲しい!
「はい、一つください!」
「はいどうぞ」
千円札と引き換えに柿を一つ受け取る。
亮太は我慢できずに、その場でガブリつく。
「ジュルジュル、ズズズ、うまい、うまい・・・」
ポタポタと柿汁が広い大家さんの玄関に落ちる。