お粥やの物語 第3章3-2 「 助けてください。僕はシンデレラと一緒に火炙りにされています」
遠くで、馬のいななきが聞こえる。
すぐ近くで、ザワザワと何かが揺れる音がした。
足元が熱いのは気のせいだろうか。
「こんなところで死にたくない」
聞き覚えのある声が鼓膜に響くと、視界を覆っていた白い靄がすっと消えた。
隣に、泣き濡れたシンデレラの顔があった。
後ろ手で縛られ、体ごと太い木に括り付けられている。
シンデレラの足の下で、火のついた藁がゴーゴーと音を出して燃えていた。
慌てて手と足に力をいれたが、動かない。
自分の置かれた状況を理解し、しばし呆然とした。
シンデレラと同じように、縄で丸太に縛り付けられている。
足元では、藁が盛大に燃え、黒い煙を上げていた。
火炙り、という言葉が僕の脳裏を掠める。
「あなた、魔法使いなんでしょ。何とかしてよ」
シンデレラが悲痛な声で叫んだ。
そう言われても、僕は魔法の呪文を覚えていない。いや、知らない。
「あなたの言うことなんて、信じなければよかった」
シンデレラの涙は止まらない。
「あなたを恨んでやる。呪ってやるから」
周囲から、ひときわ高い歓声が上がった。
「魔女も魔法使いも、焼き殺してしまえ」
集まっているのは見物人らしい。
どの顔も憎悪に満ちた表情を浮かべている。なかには、笑っている顔も交じっていた。
群衆の間に視線を這わせ、四人の神様と名乗った人物を探した。
僕をシンデレラの世界に送り込んだのは、あいつらに違いない。
神か、悪魔かはわからないが、人知を超えた能力があるのは事実だ。
そんな奴らに、ただの人間の、それも無職の男に対抗する手段はない。
いま、できることと言えば、頭を下げてお願いすることだけ……。
僕は灰色の雲が覆っている空に向かって叫んだ。
神様、愚かな僕を許してください。
みなさんは、立派な神様です。
返事はない……。
聞こえてくるのは、歓声と藁が燃える音、それにシンデレラの悲し気な泣き声だけだ。
もう一度、僕は力を振り絞って声を張り上げた。
神様、お願いです。助けてください。
こんなところで死にたくない。助けてくれたら、何でもします。
だから、神様……。
「本当に何でもしてくれるの?」
レオタード姿の女の人の声が頭の奥で響いた。
その声が聞こえていないのか、隣にいるシンデレラは「神様、神様」とうわ言のように繰り返している。
どうやら、僕の頭に直接、語りかけているらしい。
僕は胸の中で叫んだ。
「嘘は吐きません」
「これから、たくさんの命令をするけど大丈夫かしら」
「命にかえて、約束は守ります」
女の人の声は返ってこない。
頭の奥に神経を集中すると、ひそひそ話をする四人の声が聞こえてきた。
「頭が空っぽな男じゃ、役に立たないだろう」と言ったのは禿げ頭の老人の声だ。
「だが、瓢箪から駒が出ることもあります。鳶が鷹を生むことだったあるでしょ」そう呟いたのは白髪頭の老人だ。
「遊んでよ」と場違いなはしゃいだ声を発したのは女の子だろう。
「決を取りましょう」女の人の声はハキハキしている。
どうやら、僕とシンデレラの命は四人の多数決の結果によるらしい。
シンデレラの断末魔のような悲鳴が鼓膜を貫いた。
僕が死ぬのは自業自得と言えなくもない。
理不尽ではあるが、自分が蒔いた種だと諦めることもできる。
でも、シンデレラは違う。
僕が現れなければ、本当の魔法使いの力により、シンデレラは王子とめでたく結ばれたのだ。
もし、ここでシンデレラが命を落としたら、シンデレラの童話はどうなってしまうのだろう。
火炙りで命を落とすという、悲しいエンディングに変わるのか。
それとも、シンデレラの童話自体が消滅してしまうのか。
いずれにせよ、世界中の子供たちから、大切なお話を奪うことになる。ディズニーランドのシンデレラ城もなくなってしまうかもしれない。
僕のせいで人が死ぬのは嫌だ。
それが、あの有名なシンデレラならなおさらだ。死んでも、死にきれない。
どうして、こんなことになったのだろう。
社宅を追い出され、雨の中をさ迷って、お粥やに辿り着いただけなのに。
こんな酷い目に遭うなら、公園で雨に濡れながら、段ボールに包まっていたほうがよかった。
会社で仕事をし、それなりに暮らしていた日々が走馬灯のように頭の中に浮かんでは消えて行く。
幸せだった、とは言えないまでも、不幸だとは言い切れない。
なくしてから、ありがたみがわかることもある。
「だから、なくなる前から感謝するんだ」と祖父はよく話していた。
その話を聞いたときは、ピンとこなかったが、いまならわかる。
感謝の気持ちが足りなかったと思う。
もっと、ありがとう、と言っておけばよかった。
一生懸命に探せば、傲慢な部長にも、僕を罪人呼ばわりした課長にも、感謝するべき点はあったのかもしれない。多分、きっと……。
神様、お願いです。
シンデレラだけでも助けてください。
彼女を救ってくれたら、僕は生涯、感謝します。死んでも感謝を忘れません。
足元から立ち上ってくる黒煙に、僕は激しく咳込んだ。
ゲホゲホと咽ながら、僕は祈り続けた。
神様からの返事はない。
どうやら、僕たちを助ける案は否決されたらしい。
反対したのは誰だ。禿げ頭の老人か。それともレオタード姿の女性か。
誰であろうと、僕は絶対に許さない。呪ってやる……。
シンデレラは気を失ったのか、ガクリと首を垂れている。
その横顔を見つめながら、僕の意識は遠のいていった。
第3章4-1へ続きます。
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