お粥やの物語 第3章2-2「読心術とは思えません。それなら超能力、テレパシーの類でしょうか」
どうやら、食べられる心配はないらしい。
僕は胸を撫で下ろし、頭の中でデンと鎮座している質問を口にした。
「つかぬことを伺いますが、みなさんは何者ですか?」
「見ればわかるだろう」禿げ頭の老人が、出来の悪い生徒を叱る教頭先生のように言い返した。
見てもわからないから訊いているのだ。
細い手足の割に白髪が多い老人に、禿げた頭をテカらせた肉付きのよい老人、自称女子大生のレオタード姿(時代遅れとしか思えない)の女性、それに妙に着物が似合うおかっぱ頭の女の子。
年齢的に三代続いた家族に見えなくもないが、誰も顔は似ていない。
そんなことより、真夜中に、突如、押入れの中から現れたことは怪奇現象以外の何ものでもない。
いや、待てよ……。
誰もいない押入れから現れたことは、手品のようなものではないか。
電動の丸鋸で胴体を真二つにされた美女が微笑む姿を見た覚えがある。
何もないところから人が現れるくらい大した話ではない……気がする。
だが、女の人が僕の心の中を読んだことは、どう解釈すればよいのだろう。
それにも何かの種があるのではないか。
インチキ占い師は、うまい具合に話を進め、占いが当たったと相手に信じ込ませる。そのときに使うテクニックは、相手の表情や声音から心を読むというものだった。
きっと、僕の態度を見て、推測したに違いない。
昔から、考えていることが顔に出やすくて、トランプのゲームは滅法弱かった。ババ抜きもポーカーも、最弱王の名称をほしいままにしたくらいだ。
合理的な説明を見つけた僕は、背筋を伸ばして四人の顔を見比べた。
「みなさんは、お粥やの二階に住んでいるんですね」
四人とも素直に頷いた。
やはり、そうだったか。僕の推理力はまんざらでもない。
おそらく、押入れの中には巧妙に造られた隠し扉があり、そこを通って他の部屋と行き来できる構造になっているのだろう。
それなら、目の前の四人は幽霊でも、妖怪でもなくなる。ただの人間だ。
僕は胸を張り、畳を擦った感触が残る額を指で擦った。
土下座をして、損した。
相手が、物の怪の類でなければ、命の危険はない。恐れるに足らない。
「お前さん、勘違いしているぞ。俺たちは物の怪の類じゃない」
苛立った声を発したのは、禿げ頭の老人だ。
また考えが顔に出てしまったのか……。
でも、と僕は首を傾げた。
僕は「物の怪の類」とは口にしていない。幽霊や妖怪ならまだしも、「物の怪」という言葉が言い当てられるだろうか。
「私たちは、君の心の中がわかると言ったはずです。人の話をきちんと聞けないとは、残念な人ですね」
白髪の老人がやれやれと首を振り、パナマ帽を膝の上に置いた。
僕は四人を試すように、胸の中で言葉を呟いた。
あなたがたは、二階の部屋を借りているんですか?
「借りたと言えばそうだけど、そうでないとも言えるわね」
女の人がさらりと答えた。
インチキ占い師ではない。やはり、心が読めるのだ……。
それなら、四人は何者なのか。幽霊や妖怪とは思いたくない。それなら超能力者になる。テレパシーというやつだ。
もしかして、お粥やの二階は超能力者の隠れ家だったのか。
そう考えると、国家が絡んだ陰謀の臭いがしてくる。
「おじさんは、バカ」
女の子は、僕の顔を真っすぐに見つめたままポツリと言った。
その辛辣な言葉を受け止めながら、僕は胸の中で言い返した。
人格を否定したら駄目だよ。それに僕は二十六歳のお兄さんだから。
女の子は「ごめんなさい」と素直に頭を下げてから、「お兄さんは、愚か」と呟いた。
第3章3-1へ続きます。
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