お粥やの物語 第4章5-1 「特別な能力がない僕は、役立たずなのでしょうか」
「そんなの嘘だ……。だって、シンデレラを救うのはそんなに難しくないはずだ。童話のように、魔法を使ってシンデレラを美しい姿に変え、ガラスの靴を履かせて、豪華な馬車でお城に届ければいいんだから」
その程度のことが、過去に誰もできなかったとは信じられない。
「あなた、魔法を使えるの?」
もちろん、と言いかけて、その言葉をゴクリと呑み込んだ。
そう言えば、シンデレラの世界に行ったとき、僕は一度も魔法を使っていない。でも、シンデレラはガラスの靴を失くしたと話していた。それは、僕が魔法を使ったという証拠じゃないか。
そのことを説明すると、女の人の目がすっと細くなった。
「でも、あなたはそれを覚えていないのよね」
「そうですが……それって僕が記憶を失っただけでしょ」
女の人は、ふぅ、と盛大に音を出して息を吐いた。
その姿を真似た女の子が、ぶうっ、と勢いよく息を吐くと、僕の頬にピチャリと唾がかかった。
「よく考えてごらんなさい」
女の人にそう言われて、僕はしばし熟考した。
初めてシンデレラに会ったのは夜の公園だ。
女の人の話によれば、そのとき僕はすでに死んでいたことになる。
そして、シンデレラは魔法使いから貰ったガラスの靴を失くした後だった。
あれ、辻褄が合わない……。
シンデレラが僕に会ったときは、すでにガラスの靴はなくなっていたのだ。当然、魔法をかけられたのはそれより前になる。でも、そのとき、僕はまだ死んでいなかった。死ななければシンデレラに会えない……。
それなら、シンデレラに魔法をかけ、綺麗なドレスとガラスの靴を用意したのは僕ではないことになる。
そのことを話してから、「でも」と僕は続けた。
「シンデレラは僕が魔法使いだと言っていましたよ」
「シンデレラの目には、救いに現れた魔法使いはみんな同じ顔に見えるの」
僕は口を開けたまま固まってしまった
そんなことがあるなんて……信じられない。
「魔法使いの顔なんてどうでもいい。もっと重要なことがあるだろう」
禿げ頭の老人が苛立った声を発した。
もっと重要なこと……。
そうだった。僕は魔法を使えないのだ。それでは、童話のようにシンデレラを助けられない。
「僕が魔法を使えないなら、本物の魔法使いを連れてくればいいでしょ」
「魔法使いは、もういないの」
どうしてですか、と訊きかけて僕は口を結んだ。
きっと悲しい顛末があるに違いない。
「だから、誰も成功しなかったの」
女の人の話によれば、シンデレラは同じ日を、何度も何度も繰り返していると言う。ガラスの靴を失くして、現れた偽物の魔法使いに縋り、火炙りになって意識を失い、目を覚ましたときにはその記憶を失っている。そして再びガラスの靴を失くし、炎に焙られる……。
あまりにも残酷な話に、目頭が熱くなる。
体を焼かれる恐怖と痛みはどれほどだろう。
このままではシンデレラは永遠に体を焼かれ続けるのだ。そんなの酷すぎる。ただでさえ気の毒なシンデレラが永遠に焼かれるなんて……。
僕は気を取り直して、言葉を続けた。
「魔法が使えなくても、シンデレラを救う方法があるんですよね」
そう考えなければ、四人の神と名乗る人物が、僕を連れて来た理由を説明できない。きっと何かの方法があるはずだ。
「シンデレラとあなたとで、力を合わせて頑張るしかないわね」
「魔法は無理でも、何か特別な力をもらえるんですか」
四人は読心術ができる。それなら、他の力もあるはずだ。痩せても枯れても神様だ。そのいくつかを、僕に授けてくれれば何とかなるのではいなか。
「そんなものはない」禿げた老人がピシャリと言い放った。
「すぐに他人に頼るのはよくありません」白髪の老人が諭すように言った。
「甘えちゃ駄目のよ」と女の人は素っ気ない。
女の子は「ダメダメ」と激しく首を振りながら連呼した。
それでは、シンデレラの世界に行っても何もできないではないか……。
誰も成功しないわけだ。
肩を落とした僕に、祖父が優しく言った。
「謙太、諦めちゃダメだ。諦めるのは、できることをすべてやってからにしなさい」
いくら祖父の言葉でも、素直に頷く気にはなれない。
自分の幸せさえ掴めなかった僕に何ができると言うのだ。
「特別な力を与えることはではない。でも、私たちにできることはあるわ」
女の人の声に、僕は落ちていた肩は少しだけ持ち上がった。
「あなたをこっちの世界と、シンデレラの世界に行き来させることはできる。つまり、あなたが死にそうになったら、こっちの世界に戻してやることができるし、やる気になったら向こうの世界に送ってやれる」
僕が火炙りになったとき、こっちに戻って来られた理由らしい。
確かに、それなら僕が向こうの世界で死ぬことはない。
でも、僕はすでに半分死んでいる。向こうの世界で死のうと、たいした問題ではない気がする。
その疑問を口にすると、「向こうの世界で死んだら、もう、こっちの世界には戻って来られない。つまり、本当に死んでしまうの」と女の人は淡々とした口調で説明した。
つまり、死なないように注意しながら、向こうの世界とこっちの世界を行き来し、シンデレラを舞踏会に送り込み、ハッピーエンドに導くことしか、僕が生き返る方法はないらしい。
そんなの無理だ。
魔法を使わずに、特別な能力もない僕に、できるとは思えない……。
第4章5-2へ続きます。
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