雪だるまと恋
これは、私の宿敵であり、勝っては負けまた勝っては負けるという、壮絶な闘いを繰り広げてきたとある相手との、15年にわたる、記録だ。
あいつとの出会いは、高校生の頃だった。
中3の夏にとある青春ドラマを見たせいか、私は高校という場所に、過度な期待を抱きすぎていたようだった。
若者たちよ、今後昔のドラマを見ようとして「ウォー◯ーボー◯ズ」を見るときは、ぜひ「この物語はフィクションです」を、大いに心に刻んでおいてほしい。
当時中学生だった、現アラサー大先輩からの忠告である。
「きっと、心から笑って泣いて、共にかけがえのない時間を過ごせる仲間と出会い、一生忘れられない思い出ができる場所だ」
そういう浅はかな幻想を抱いた、健気な乙女は誰だ???私だよ。
部活帰りに友だちとコンビニに寄って、アイスを食べながら電車を待ったり、
バカみたいにみんなで騒いだり、
特別なことはなくても、そういう何気ない一コマを大切に、キラキラした毎日を過ごすんだと。
あぁ、恥ずかしい恥ずかしい。
入学してみると、びっくりするようなタイプの人、人、人。
勉強で蹴落とすことばかり考える人
人の揚げ足を取って笑うような人
自分ばかりが青春の主人公になって目立ちたい人
ここは地獄か??????
もちろん、全員が全員、そういう人ではなかったはず。でも、明らかに「少数派」であった私は、完全に心を閉ざしてしまった。
本当は好奇心旺盛なのに慎重すぎる自分の性格も災いしてか、次第に友だちとの会話の仕方がわからなくなった。
え、みんな毎日何に笑ってるの?????
はじけるように輝く宝石が詰まった場所だと思っていた学校は、灰色の時が流れる、ただ時間をやり過ごすだけの監獄。
友だちと寄るのを楽しみにしていたコンビニ、一人で寄るのが日課になる未来とかあった???あるんだな……
しかしそれが、運命の出会いだった。
いや、必然だったのかもしれない。
あいつは、そこで私を待っていた。
素敵な彼でも、優しい友だちでもない。
一人でできる、最大のストレス解消法に忍び寄る、あいつの影。
コンビニで一際魅力的な光を放つものといえば、スイーツだ。
アイスだけでなく、充実したコンビニスイーツのコーナーには、チーズケーキや、オムレットや、シュークリームや…… 私の大好きな甘いものが勢揃いしている。
毎日一つずつ、その日の気分に合わせてスイーツを買い、電車に乗り、最寄駅から家に帰る道中で食べる。
そんな習慣が、ここに爆誕した瞬間だった。
そして、甘い顔をした心の友の背後に、あいつが隠れていたことなんて、まだ私は気づいてすらいなかったのだ。
入学当時、身長162センチで体重50キロ前後という、特に「太っている」という悩みを深刻に抱いたことはない体型だった。
しかし、毎日甘い誘惑に踊らされていた私は、みるみるうちに、その毒牙にかかった。
見た目がいいだけのヤツなんて、選ぶべきじゃなかったんだ。
あれよあれよという間に体重は増え、55キロを超えていった。
人間とは、常に自分の都合の良いように考えがちな生き物だ。
あろうことか私は、「部活で筋肉がついたせい」だと本気で思い込んでいたのだ。
運動部に所属していたので、たしかに脚を中心に、たくましくはなっていた。
中学は文化部だったので、いわゆるスポーツ脚になっていったのは事実だ。
ただ、それがまた事態を深刻化していた所以だ。目に見える筋肉増強の陰で、それに圧倒的に勝るレベルで脂肪細胞の増殖が始まっていたのだ。
見えないものにこそ、本質がある。
この事実は胸に刻むべきであろう。
そんな大事なことを、まだ理解していなかった私は、あろうことかまだあいつの存在に気づいていなかった。
事態は悪くなる一方。クラス替えで、氷河時代も顔負けのクラスになってしまい、ストレスがMAXになった私は、例のコンビニで買うスイーツを、あろうことか2つに増やしていた。
体重は60キロまでいかないものの、もう大台に乗るのも時間の問題だった。
人間というものは、都合が悪くなると目をつぶりたくなるありがたい(ありがたくない)防衛本能を発揮する生き物でもある。
ついに私は、「体重を測らない」
という暴挙に出たのだ。チラつくあいつの影に、もうさすがにこの頃には気づいていたのかもしれない。
当時、部活で帰りがだいぶ遅かったので、田舎の最寄駅の付近が真っ暗であることもあり、母が駅まで迎えに来てくれていた。
そんな母が、当時の私を思い出して、こう証言している。
〜音声チェンジかつ顔にモザイク〜
「えー、そろそろ、やばいんじゃないかと思ったよ?でも、ニコニコしながら美味しそうにスイーツを抱えて駅から出てくるから、何も言えなかった」
また、普段は口数の少ない弟までもが、「姉ちゃんさ、さすがにちょっとやばいんじゃない?」と言っていたことを、後に知った。
(ショックだった)
うん、相当やばかった!!!!!!!!
今ならそう思うのだ。本当に、やばかった。
三重顎の雪だるまを毎日よく鏡で見れたもんだ。でも、当時は本当に、そう深刻に感じていなかったのだ。本当に、人間都合の……(以下略)
いやー、すごい。人間ってすごい。
そうやって、体重を測らずにやり過ごしていたが、学生とは残酷なもので、絶対に身長体重を測らないといけないイベントがある。
身体測定というのだが。
高3になった私は、そのイベントに参加しないわけにはいかないので、仕方なく参加、測定。
するとどうしたことか!体重が、55キロちょっとに戻っていたのだ!
ちょうど、部活を引退した頃だったので、私はまた都合の良い解釈を始めた。
「そうか!!!部活の練習がなくなって、筋肉が落ちたんだ!!!やっぱり異常に筋肉がついて、体重が増えしまっていたんだ!!!!!」
違うだろ!!!!!鏡見たら明らかに雪だるまみたいなの映ってるだろ!!!!!あんただよ!!!!!!!!(2021年の私より)
残念ながら、未来からの自分の声は、過去には届かない。残酷だ。
たしかに、体重がちょっと減ったのは、筋肉が落ちたのもある。数値上は、そうなったのだ。
でも、その分たっぷりとついた脂肪は、明らかにかつての私を一回り大きくしていたのだ。
そして、「むくみやすく、太りやすい体質」というものに、私の体は完璧なる変身を遂げていた。
そういえば昔々、セーラームーンになりたかったな…… よかったね、「変身」できて(全然良くない)……
……とまぁ、バカな安心をした私は、そこからもう転げ落ちた。雪山を転がる雪だるま。どんどん雪を蓄えてゆく。
食べる食べる、食べる。
スイーツ2個とかもう可愛いものだった。
欲しいだけ買って食べて、晩ご飯も麺にご飯に炭水化物祭り。
食後にまたデザート。アイス。夜食。
さらに、秋以降は受験のストレスで暴食は爆速。
鏡の中の雪だるまは見ないようにして(吹雪で鏡凍ってて見えなかったのかな)、学校では息をひそめて、ちゃんと志望校の入試を受けて、なんとか卒業して、無事大学に合格した。
雪だるま、人間の大学に行くの巻。
ついに、あいつの顔を見たのは、合格発表の翌日のことだった。
昼ごろ起きてきた私に、母は、ありがたい(のだろう)現実の話をしてくれた。
「ねぇ、一回、体重測ろう」
私は渋りに渋って、その翌日になってようやく、恐る恐る体重計に。
並んだ数字を見て、これほど泣きたくなったことはこれまでも、そしてこれからもなかろう。
62.8
せめて60キロ手前で…
と願っていた私の目の前に現れた3つの数字は、見たことがない言語で書かれているみたいだった。
そしてその時、あいつを、はっきりと見たのだ。
大事な人、忘れたくない人、忘れちゃだめな人。
私たちは、絶対、会えばすぐわかる!!!
君の名は
ダイエット!!!
名前はダイエット!!!!!!!
そうか…… 俺たち、3年前に、出会ってたんだな…… やっと今わかった…… でも、3年も前に会いに来るなよ……
あいつが俺に会いに来た3年前、確かにそこにいたのに、俺はお前のことを、認識できなかったんだ。
でもこうして会えた。
もう、知らないなんて言わない。もう、忘れない。
それから、あいつは常に俺の…… コホン。
違った、私は東京のイケメン男子じゃなくてド田舎の美少女でもなくて、人間かどうかすらわからない雪だるまだった!!!
そう、それからあいつは、常に私に付き纏ってきた。
片時も離れたことはない。
入学式のスーツを買いに行ったら13号だった時。
久しぶりに会った友だちに、「◯◯(失礼にあたるから名前は避けるけど、誰もが太っていると認識している芸能人の方)に似てるよね!」と言われた時。
あいつは、ニタニタとこっちを見て笑うのだ。
でも、3年間にわたる暴食の結果、なかなか胃は縮まってくれない。
私は自らが雪だるま⛄️であることをきちんと受け入れ、絶望感に苛まれながら、しかし変わらぬ食欲に心で泣きながら、大学生活をスタートさせたのだった。
ほんと、絶望するなら行動しろ。(2021年の私より)
しかし、その大学生活が、私にとって、あいつに初めてサヨナラを告げた瞬間だった。
ザ・なんとかニュース風に言うなら、ダイエットの神。
ただ残念ながら、断じて素敵な彼とかそういうのではない。
雪だるまに、春はまだ来ない。
神経が細すぎて、大学生活に馴染めなかったのだ。トホホ(死語)。
幸い、大学では、優しくしてくれる友だちや先輩に恵まれた。
しかし、広いキャンパス、新歓コンパ、サークル活動…… あまりに今までと違いすぎる世界で、変化の苦手な私は食欲不振が半月くらい続いた。
胃、縮まるじゃん。
という新たな知見が得られた貴重な体験だった。
するとどうだろう!自然に体重が5キロ減っていた。
しかし、このときの私はまだ、あいつの執念深さを知らない。
まだ壮絶な闘いの、ほんの序章にすぎなかった。
むしろこの瞬間、闘いのゴングは、鳴らされたのである。
それからというもの、
ストレスが溜まる=食べまくる
環境が変わる=痩せる
という公式が、私の体内には出来上がってしまったのだ。
ストレスが溜まっては甘いものを中心に暴食し、雪だるまになり、少し環境が変わると馴染めず食べられなくなって痩せるの無限ループ。
社会人になっても続き、51キロ〜62キロの変動を合計4往復。
景気変動の波に勝てるかもしれない。
日本の不景気は私に任せてほしい(違う)。
趣味はダイエット、特技はリバウンドの桐山くん(ジャニーズWEST)、友達になって一緒に景気変動させようね、同い年だし(違う)。
そんなこんなで2021年。今年の初めも、毎年恒例、名物・正月の雪だるまお目見えということで、もう吹雪で鏡見えないなんて都合の良いことは言わなくなった私は、正月太り解消の方法をググりまくっていた。
あいつが、コタツでゴロゴロしている私を唆すからだ。もう、腐れ縁みたいなものだな。きっと、一生離れられんのだろう。
楽しみにしていた中国ドラマを見終わってしまったので、喪失感でハニワのような顔をしていたら、母が韓国ドラマを勧めてくれた。
どうやら、イケメン各種取り揃えましたみたいな、きっとタイプが見つかる系(失礼)とのことで、そうとあらば、と見始めてみた。
花郎って言うんですが。
出会ってしまった。
今度こそだ。
ストレスの捌け口でもない、
悪友でもない、
迷惑な腐れ縁でもない、
素敵な彼との出会いの季節だった。
恋の季節は、雪解けの春。
雪だるま、人間に恋をするの巻。
人生で初めて、俳優を好きになってしまったと思った。
雷に打たれたような衝撃とともに、全身の血液が凝固した。
ぜひ、「一目惚れ」のGIFとかに使ってほしい。
雪だるまが人間の美男子に一瞬で心を奪われた、歴史的な瞬間だ。
失礼を承知で言うが、とんでもないレベルのイケメンが揃っていた中でも、目移りの「め」の字もないくらい一択だった。
好きで好きで好きで、好きで好きだった。
(この出来事に関しては、既に長々と別記事で綴っているので、もしこんなヤツのこんな恋に興味を持ってくださる方がおられたら、一番下にリンク貼っています)
そして、彼の本業がアイドルであるという衝撃の事実。この好きが大気圏まで突入した瞬間だった(ね。SHINeeのミンホさん。好きだよ。知ってる?知らないよね。だって君に会ったことなんてないんだもん。でも好きだよ。毎日1209回言っても足りないよ)。
私は大学生になってから、ずっと色々なアイドルを応援してきた(もう、アイドルしか好きになれない運命にあるんだと思う)。
若い子は普通コンサートの前とかがんばって痩せるなどするんだろうけど、そんな中でも平気で雪だるまやってきた自分だったが、初めての現象が起きた。
食欲がわかない。
一日の摂取量を守らないと、心がつぶれそうになる。
異常事態だ。緊急事態だ。
だいたい、ハマりたてというのは、漁り漁り漁って漁るものだ。
だから、私もそうしていた。
ちょうどカムバのタイミングだったから、ドンコルミ見まくっては、どんどん過去の動画に遡り、漁り、漁り…… しかし、ふと、手が止まった。
「無 理」
細胞が悲鳴を上げ始めたのだ。これは爆破予告だ、このままでは、体内の浸透圧が危険だ。
詳しいことはわからないが、即座に摂取を止めなければならないことだけはわかる。
すぐに摂取をやめ、日常のルーティンをこなし、呼吸を落ち着ける。
さてそろそろ昼食でも…… と思うのだが、
お腹が空かない。
脳内では、あの甘い甘い微笑みが、あらゆる機能を司る領域を侵してくる。
まずい、このままでは脳が蜂蜜で満たされてしまう……
いや、脳どころか、蜂蜜は全身を巡り、細胞を膨張させ、胃を圧迫し始めていた。
一体何度、少量のお茶漬けや素麺で終わった食事があるだろうか。
一食抜くことすら、平気になってきてしまった。
でも、脳内は多幸感でいっぱいだし、お腹も蜂蜜でいっぱい。
あんなに「食べたい!!!!!」の信号しか出さなかった脳が、デレデレと蜂蜜しか流してこない。確実に人体実験のレポート書ける。あぁ、このま私の体は蜂蜜まみれになるのか…… でも幸せだったなぁ……(遠い目)
そんなこんなで、2ヶ月半ほど経って、そういえば体重測ってないな〜(そういえば、私が彼のことしか考えて、周りを見てなかっただけかもしれないけれど、最近あいつはほとんど姿を見せないな)と思って乗ってみた。ちなみに身長は165センチ。
1月の体重→55.2
3月の体重→51.7
え!!!!!!!!!!!!
私はすぐに、あいつを探した。
最近、全然構ってやれなかったあいつを。
散々周りから色々言われていた時、したり顔で笑ってきたあいつを。
いつも傍にいて、「食べていいのかぁ?」と揶揄ってきた、あいつを。
コタツでゴロゴロしている私の足を、いつも蹴っていたあいつを。
あれ、あいつの名前、なんだっけ……
大事な人、忘れたくない人、忘れちゃだめな人。
名前は!名前は!!!!!!!
あいつは、どこにもいなかった。
でも、きっと、またひょっこり顔を出すんだ。
お前とは、やっぱり離れられないみたいだな、って笑って。
結局私は、あいつがいないと生きていけないから。
そう思った。
でも、あれから、あいつの姿が見えなくなってから、もう半年が経つ。
体重は、維持したままだ。
何の因果だろうか。これは高校1年の時、あいつが会いに来たあの頃の直前の、体重だった。
ダラダラ続いてきたあいつとの縁も、そろそろ終わりかもしれない。
さすがに別れるとなると、ちょっとだけ寂しくなるな。
でも、変動するのは、景気くらいでいい。
あいつがいると、きっと、前に進めないから。
素敵な彼と出会った春。
気づけば、もう15年も連れ添ったあいつとの腐れ縁が切れていたことに気づいた、秋の夜長。