遥かなる助手席の旅路
小学生のころ、同じマンションに住んでいた一つ年上のめぐみちゃんといつも遊んでいた。学年が違うので、それぞれのクラスメイトもいたはずだが、なぜかいつも一緒に遊んでいた。
めぐみちゃんの家は、私の家と左右反転した間取りで、少し日当たりが良くて、行くたびに何だか鏡の世界に来てしまったような不思議な気分になる。彼女の部屋のアナログゲームの箱がたくさん積まれた本棚の上に、「グリコのおまけコレクション」があった。キッチンワゴンの2段目にケーキの回転台が収納してあって、めぐみちゃんのお母さんは時々手作りのお菓子を出してくれた。赤いほっぺにサラサラの髪,可愛らしくてその上わたあめ機をもっているめぐみちゃんは私の憧れの存在だった。
彼女がうちに来た記憶があまりないのは、今考えると、階下に住人がいない私の家に、走り回りがちな私の弟妹とめぐみちゃんの弟を遊ばせて、静かに遊ぶ私たちを上階のめぐみちゃんの家で預かるといった親同士の思惑があったのかもしれない。
ファミコンもそこそこ遊んだ。もちろん家にテレビが複数台あるなんて考えられないような時代の話である。布テープで修繕された(当時布テープを見たことがなかった私は、布テープは超高級ガムテープに見えていた、めぐみちゃんの家で見るものすべてが憧れだったのである。)リモコンのないテレビで、テニス、とかゴルフ、とかおそらくお互いの父親が買ったであろうソフトを、キッチンタイマー片手にプレイしていた。
そんなある日、めぐみちゃんが「ドラゴンクエスト2」を買ってもらったという。私たちにとって初めてのRPGだ。1人プレイ用のソフトではあったが、二人で行き先を決め、二人で誰がどこに攻撃するかを決めた。ダンジョンでは攻略本片手に「次を右に曲がって!!」とナビをする私は助手席に座る恋人のようだった。私はコントローラーこそ握っていなかったけれど、私は確かにドラクエ2をプレイしていたのだ。
ふっかつのじゅもんノートの1行目に、主人公の名前、3人のレベル、セーブした街の名前を書く。そして必ず2回、復活の呪文を書き写す。二人でチェックをしたのに、2つとも間違っていたことも少なくなかった。小学生の頭脳だからか、それとも実際に難易度の高いといわれているドラクエ2だからか、ストーリーを進めるにはとても時間がかかった。ルプガナまであと10歩程度、生存者はムーンブルクの王女一人、どろにんぎょうにやられてMP0。こんなギリギリのスリルを何度も味わっていた。
時にはクラスの男子から情報を貰ったり、何らかの交渉の末に「いのりのゆびわGET済みふっかつのじゅもん」を貰ったりして、ふたりの冒険は進んでいった。いのりのゆびわは1回使ったら壊れた。
結局、「すいもんのかぎを開けると、水路経由でテパの村に到着できるようになり、満月の塔に行ける」ことに気が付かないまま、めぐみちゃんは引っ越ししてしまった。
わたしたちの冒険は終わってしまった。
その後自分の誕生日にドラクエ2を買ってもらいプレイしたけれど、彼女がいなければちっとも楽しくなかった。ふたりでわいわい話しながらプレイした日々が忘れられなかった。結局、やる気を失った私よりも先に父がクリアしてしまい、私が自力でクリアできるようになるのはここからずっとずっと先になる。
私がドラクエと言えばFC版Ⅱ過激派のようになっているのは、このめぐみちゃんとの思い出が強く心に残っているからかもしれない。彼女はあのあとクリアできたのだろうか。二人で予想した「呪いの武器防具を全部身につければマイナス×マイナスで呪いの効果が消えるイベントが起きて最強の王子になれる」はあり得ないので実際に試していなければいいなと願うばかりである。