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図書館員、その本いつまでもあると思うなと語る 改訂・卑弥呼様の老後編

 子供の頃に読んでた本を見つけて、懐かしいなぁ、と声を上げる人をしばしば見かけるのが図書館である。書物とはすなわち記録、想いや出来事などの時間の結晶であり、図書館とはそれらを留めおくための空間なのだとかいっちゃうと、なんか格好いい。
 
 ところが出版された本ならばずっと中身もそのまま……と思っていると、必ずしもそうとは限らない。
 そう、改定である。
 文庫版や新装版が出るにあたって内容の加筆修正が行われることがあり、リクエストカードを出してくるお客さんから、新版の方を頼むよ、と希望されることもしばしばある。書き下ろし短編がつくんですよって言われたらそりゃそちらを読みたいと思うのは自然だ。が、逆もまたしかりで、自分が読みたいのは昔の版だというお客さんもくる。そして古い版が図書館に置いてないなんてことも、やっぱりある。スペースの都合上、新しい版を買えばやむを得ず差し替えになってしまうのだ。

 改訂で内容が変わってしまった有名なものは井伏鱒二の『山椒魚』だろう。1985年にあるシーンがばっさりカットされたので話題になった。作者自身の心境の変化なのかもしれないけれど、そんなに大幅に変えられては今までのバージョンに慣れ親しんだ読者からしてはたまったものではないと批判もあったとか。

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 また、連載漫画にも似たようなことが起こる。雑誌に掲載されたときとコミックスで内容が異なっていたりする。下書き同然で載せられていたのにペン入れされている……! とかではなくて、台詞や絵、大幅にコマ割りやページが変わっていることさえある。

 三国志漫画『蒼天航路』で赤壁の戦いに敗れた曹操の元に見舞いにやってきた夏侯惇が馬上で交わす会話。麗らかに晴れた空を仰ぐ夏侯惇が、「こんな日は(自分に)詩才がないのが腹立たしい」とこぼす。稀代の詩人としても名を馳せていた曹操に対して、武の人として戦場で生きるしかない自分にもお前さんみたいにこんな日の心地よさを詠める才能があったらなと自嘲しつつ具合をうかがっている良いシーンだ。
 そこで生まれかけていた詩のような夏侯惇の呟きが、雑誌に載っていた時と単行本とで微妙に内容が変わっている。個人的には週刊モーニング掲載時の方が好きだったのだけれど単行本で改訂が入ったため、それきり初出の台詞は読めなくなってしまった。

 手塚治虫の『ブッダ』に至っては単行本化に当たり大幅な修正と大胆なページ削除が施されたそうだからなにをかいわんや。出版された全ての書籍の版、全ての雑誌を一図書館で所蔵しておけるわけもない。ファンというものはうかつに雑誌を処分できないのである。

 さらに図書館では単行本がの書架スペースが足りなくなったので棚に余裕のある文庫本に買い換えることがある。でも単行本の表紙の方がすてきだったのになぁ、と思うことも……どうしようもなく、ある。ジャネット・ウィンターソンの『灯台守の話』のタツノオトシゴの形の島は単行本バージョンにしかないのだ。

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 あの物語にはあの表紙じゃなくちゃ! と思っていたのに、という本は読書家ならいくつか思い当たる節があるだろう。装丁が好きで買ってしまった、いわゆるジャケ買いした本もあるのではなかろうか。
 けれども図書館はどうしたって限られた空間であり、全ての版どころか、全ての出版物を保管するなんてのは夢のまた夢。これを解決するにはやっぱり電子化なのだけれど……さてはて。

 で、出版物の中でも大きく改定が入りやすいのが歴史物である。新たな発見や、主流の学説の変化……ついでに某高名な学者先生の遺跡発掘ねつ造の発覚など様々な理由から同じシリーズの歴史学習漫画シリーズも内容が刷新されることがあるのだ。

 たいていどこの図書館にもおいてあると思われる小学館の『少年少女日本の歴史』シリーズを例にあげてみよう。

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 子供向けの歴史学習漫画は色々あるのでそれぞれ思い入れのある人も多いと思われる。自分も色々読んだけれど、小学館の『日本の歴史シリーズ』が大好きだった。子供の頃に母から買い与えられ、なんべんも繰り返し読んだせいで中学校時代は日本史は勉強しなくてもだいたい点数がとれたくらいだ。このシリーズを熟読することで入試を突破していくビリギャルのエピソードはまんざら誇張でないとさえ思われる。歴史の大まかな流れがつかめることもさることながら、細かい補足なが多く見落とされがちなところも他社のシリーズでは見落とされがちなところもフォローされている。
 当然うちの図書館にも置いてあるので懐かしいなと手に取って読んでみたら……内容が変わっていて驚いた。その時にようやく自分が読んでいたのは旧版だったと気づいたわけだ。

 調べてみれば初版は1981年、かなりのロングセラー商品と言える。都度細かな改訂を繰り返していたそうで、大きく改訂したのが1998年、現代・平成編などが加わった他、表紙や背タイトルも一新された。

 が、歴史を学ぶための学習漫画としてはできる限り新しい情報、定説を載せないと困るというのはもちろんわかるのだけれど、自分の印象に残っていたエピソードが新版ではなくなってしまっていた……。子供の頃に慣れ親しんだ旧版をこそもう一度頭から読んでみたい……しかし現在うちの自治体の図書館に並んでいるのは改訂版ばかり……おそらく他の自治体も同様であると思われる。

 と言うわけで、

 旧版シリーズを全巻大人買いしてみた。

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ところが新版の方は同居人が仕事で使うためにすでに持っていたから、

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 我が家には新旧合わせて42+2冊(人物索引編)が並ぶことになる。

 ……無謀と阿呆の極みである。ただでさえ我が家の本棚は限界を迎えているというのにこの愚行……共用本棚のスペースが圧迫祭り……! 

 ……同居人よ、買ったまま封も開けていないグレンラガンの単行本全巻セットはご自分の部屋にもっていっておくれ、と願ってやまない。などと言ったら「あなたの怪談新耳袋集全十二巻をご自分の押し入れにどうぞ」と言われるだろうから言わない、いや、言えない。

 ……まあ、我が家の本棚争いは置いておいて、旧版の背タイトルの人物にちょっと注目してみて欲しい。ちゃんとそれぞれの人物を作風に合わせて似せようとしている。源頼朝や足利尊氏、秀吉や家康は教科書でよく見るアレに似せている。最近の歴史人物学習漫画の誰でも彼でもやたらとイケメンにしちゃうのは……どうなんでしょう。美形の豊臣秀吉じゃ信長が「はげねずみ」とか「猿」って呼んだ逸話がブレまくってしまう。
 ……余談になるけれど某少年少女向け文庫の表紙に描かれた名探偵ポワロは髪の毛ふさふさでスマートでさえある。子供に手に取ってもらいやすくハンサムなイメージにしたいのはわかるけれど、原作の設定をまるっと無視しちゃうのはいかがなものか……

 で、こちらの歴史シリーズ、改訂ポイントを探していくのがなかなかの楽しい。とりわけ大きな改訂があるのが冒頭の第一巻である。

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 左が初版で右が表紙にもあるとおり改訂された最新版。
 ……卑弥呼様、装備がゴージャスになったけどおばあちゃんになっちゃった……でもFGOや無双シリーズがこういう仕様だったらちょっと格好良いかもしれない。老齢の卑弥呼が呪文を唱えて宝具打つのとか見てみたい……でも卑弥呼って享年何歳ぐらいだったんだ? 
 新版の方には表紙にナウマン象や吉野ヶ里遺跡(?)の写真があるところに次代性を感じる。

 1巻では「日本の誕生」のタイトル通り、縄文時代から弥生時代、邪馬台国について書かれている。とりわけ目立つ変更点といえば縄文人の生活の章、刷新されて話の筋どころか登場人物さえ差し替えられた。個人的には前の話が好きだったから寂しいなと思ってしまう。

 縄文時代、主人公は竪穴住居(懐かしい響きだ)に親子で住んでいる男の子。隣の家に住んでいる年上の男の子のいる一家と貝掘りをしたり魚釣りをしたり、集落で食べ物をとりながら暮らしている。土器を焼くところを眺めたり、土偶?を持ち出して怒られたりしていたが、ある時隣人一家と魚をとりに海に出かけた。

 大漁を夢見て漕ぎ出たが結果はさんざん。ようやく釣れたと思いきやフグ1匹。海に戻そうとしたところ、隣人のお父さんが「もったいない」と慌ててひきとる。なんでも縄文人はフグを食べたそうで、貝塚からも残飯が発掘されるそうな。
 ところがそれが悲劇を生む。

 それからも狩猟や木の実の採集をしながら暮らしていたが、ある朝、隣人一家の様子がおかしいと知らせがもたらされ、主人公の男の子と父親は様子を見に行く。小屋の中を見た父親が、「お前は見ないほうがいい」と男の子を制する。現場にはフグの食べかすが残っていた。どうやら中毒で一家全滅してしまったらしい。当時の風習なのか、隣人一家の竪穴住居はそのままそこで解体され、亡骸とともに土にその場に埋められることになる。魔除けの意味をこめたおはらいの火がともされ、炎と煙を見た男の子が「にいちゃんがかわいそうだ」と声を上げて泣く。するとそこに別の一家の女の子が駆けてきて、「生まれたよーっ」と赤ん坊が誕生したことをしらせにやってくる。男の子の父親は、「赤ちゃんは兄ちゃんのうまれかわりだ、お前がかわいがってやるんだ」と諭す……

 おそらく、近年の研究では諸々の箇所に間違いがあるのかもしれない。
 ただ、自分としてはどんな時代にも突発的な死と絶え間ない誕生が繰り返されていると伝わる良いシーンだと思っていたので、差し替えは残念だった。この男の子の物語が第1巻にあるのが良かったのだ。これからシリーズの先に登場する人物たちが運命に翻弄されるのは、市井の人々も英雄も変わらない……誰かが他界すれば誰かが誕生し、去る者もあれば来る者もあるという象徴としてぴったりな物語だった。

 また第一巻のラストは鬼道を用いて国を治めた卑弥呼の物語になっている。
 旧版では物語後半で、自分を支えてきた弟と「お互い歳をとったな」と労いあう卑弥呼は、後継者になる伊与という少女に「次はお前が頑張るのですよ」と伝える。
 が、新版では伊予は名前しか登場せず、戦のさなか卑弥呼が倒れて死んでしまい、ああ、この先どうなってしまうのだと臣下が嘆くところで終わってしまう。

「卑弥呼様ーーーーっ!」

 でお馴染みのハイキングウォーキングの彼が号泣しそうなバッドエンドテイストなラストである。こういうのを見比べているとあっという間に時間が経つ……そんな暇な楽しみ方をしている折に、はたと気づいてしまった。

 このシリーズ、1冊につき1人の人物の生涯を描いた偉人伝シリーズもあるのだった。織田信長と武田信玄・上杉謙信(この2人は当たり前のように1冊ワンセットだった)をかつて持っていたのを思い出した。

 確か信長は冒頭からまさかの本能寺スタートという構成で、「桔梗の家紋……明智……何故」「天下を狙ったか、お前の器では無理よ……もはや敦盛を舞う間もない……」と、燃えさかる炎の中から回想に入り少年期からうつけ時代になるという凝った作りだった。
 信玄と謙信はやっぱり川中島がクライマックスで、馬上からの謙信の一太刀を信玄が軍配で受けるのが見開きであったような記憶がある。で、そこに注釈で「この対決は後世の創作との説もあります」とアスタリスクつきで説明していたのも偉いなと個人的に思った。後世の人々の期待と史実には開きがあることもあると伝えてるところが素晴らしいと勝手に思っている。
 信玄は今際の際で、「わしの死は三年隠せ……!」と言い遺し亡くなり、謙信は「雪が溶けたら出陣だ」と深雪の中で呟いているが後に急死すると書かれて終わっている。……あれ、北条氏出てきてたっけ? 

 と、ふりかえっていたら歴史人物シリーズも揃えたくなってきた。もしこれを揃えるとなるとあと何冊増えるのか……? やっぱり天元突破グレンラガンを……もしくは鋼の錬金術師全巻セット……

日本の歴史

 



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