ある日、映画館で
夫と二人で映画を見に行った。
久しぶりの映画館は入替制、指定席、飲食持ち込み禁止、ふかふかの椅子、綺麗な場内、どの席でも見やすい配置等、とても心地の良い空間になっていて驚いた。
正確には、子どもたちが小さかった20年ほど前、映画を見に行っている。
そのころはまだ自由に席を選ぶことができた。とは言っても、5人家族で子どもたちを挟むように横並びで座るのはなかなか大変だった。
ジュースもまだ持ち込めたと思う。途中で飽きてしまっておしゃべりが始まったり、泣き出すこともあったが、好きなパックジュースでごまかした。
でも、やはり映画館で映画を見ることは少なくなった。
自宅で気楽に見られるレンタルの方が何かと便利だったし、子育て中の大きな味方になってくれた。時代はVHSからDVDに変わっていて、ブラウン管のテレビはプラズマや液晶に変わり、画質とサイズが格段に上がったのも理由だった。
私自身、就職と同時に実家を出て以来、映画館で映画を見ることが激減している。
映画館までが遠い、ということもある。ちょうどレンタルビデオが始まった頃で、最新ではないけど好きな映画を自宅で何度も何度も見られることがとても楽だった。
一人で1時間半かけて映画館に行って、2時間の映画を見て、帰ってくることがあの頃の私にとっては億劫だったのだ。
学生の頃の映画館は1日ずっといられる場所だった。地方の小さな町の大学生にはまあまあ贅沢な映画鑑賞。それでも月に1回は見に行っていた。
友達と待ち合わせる。
チケットは前売りをプレイガイドなどで買う。
場内に入るとシートの匂いがする。
食べ物も飲み物も持ち込めるから、ファストフードやドリンクを事前に買い込む。
ガサガサと音を立てたら他のお客様に迷惑だから、映画の合間にささっと食べたり、飲んだりした。
見逃してしまったセリフや演出を発見したくて2回は見る。
1日ずっと同じ映画をやっているから、一人の時は席をかえて、3回も見てしまったこともある。
後ろの方で寝息やいびきが聞こえてくることもあったし、床にはゴミが落ちていることあった。
古い映画館では2時間の映画を見終わる頃にはお尻が痛くなった。
映画を見るのも体力勝負なのだ。
そして、暗い場内では痴漢に遭わないようにと工夫もした。
私は母からの教えを守り、なるべく通路側の席に座り、隣の席には荷物を置き、誰かのために席をとっているかのように装った。
あれから40年。
映画館はどんどん変わっていったが、映画が私を新しい物語に連れていってくれることに変わりはない。
あたかもそこにいるような錯覚を起こし、終わる頃には頭の中はふらふら、感情は理性を簡単に乗り越えて溢れていってしまう。
海外へも自由に行ける。ダンスもアクションもカッコよくできる。私は私以外の人生を生きているのだ。
レンタルやサブスク、倍速で見たら見逃してしまう小さな音やセリフや背景、そして匂いまでもが大きな画面と音響を通して伝わり、心ゆくまで映画の世界に浸ることができた。
あぁ、もう一度、見たい!
と、思ったが入替制だ。コートとドリンクのカップを持って慌てて席を後にした。
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